北府駅を愛する会 HP

                                 

 

 

 

なつかしのきたごえき!   

旧北府駅

新北府駅 

 

 

 

 

☆彡 北府駅を愛する会 ☆ 

皆さんこんにちは! 越前市北府駅を愛する会サイトです。

このサイトが福井鉄道の北府駅の保存と活用に一役でもお役にたてればと思っております。

福井鉄道北府駅周辺が道路等の整備計画により景観が大きく変わりつつある中で、地域住民としては北府駅周辺を市民が集える場所、憩える場所にしようという思いからこの会を発足することになりました。

古い面影を持つ北府駅を残しつつ、駅前周辺を公園化して地域を活性化したいと思います。

福井県、越前市、福井鉄道の方々の協力を得て、また地域の方などの協力もお願いしながら北府駅を魅力のある場所にして電車乗客の増加にも繋げたいと思っております。

皆様の御理解、御協力をどうぞよろしくお願い致します。 (平成22年7月1日)    

 

 

  

 

 

  北府駅を愛する会 

 会長 竹内伸幸

   

事務局 永谷隆 お便りは→ 

〒915-0076 福井県越前市国府2丁目12−7  TEL 0778-24-2048

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北府駅イベントのお知らせ   

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「ふくぶせんフェスタ北府駅」開催します・・・・!

日時:令和3年10月31日(日) 午後1時〜午後4時
場所:福井鉄道福武線北府駅パークアンドライド駐車場
※会場へは公共交通機関のご利用が大変便利ですよ。


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 ーー北府駅を愛する会創立10周年記念ーー 

 第8回北府駅から始まる「愛の物語・愛の詩 募集!」

   〜 駅と電車に残る思い出 〜 

 受賞者発表

散文部門

 

武生商工会議所賞

 上鯖江駅          吉田 雨美  (越前市)

優秀賞

 もうからん電車       辻川 定男  (坂井市)

秀作賞

 北府駅と傘         小松崎 有美(埼玉県所沢市)

 初めて 北府駅から     渡辺 末子 (鯖江市)

佳作

 ありがたき本数      飯塚 朱音 (武生商業高校二年)

 福武線北府駅        山岸 文男 (越前市)

 

 

 

 

 

 

詩部門  

 

福井県詩人懇話会賞

北府駅          齋藤 幸男 (大野市)

優秀賞

紺のハイソックス     宮澤 由季 (さいたま市)

秀作賞

北府駅          渕田 静江 (福井市)

途方に暮れた母      浜本 はつえ(越前町)

佳作

北府駅から        青山 茂樹 (千葉県松戸市)

お母さんと私       西  陽向 (武生商工高校一年)

いつもの朝        河合 翼  (武生商工高校一年)

電車待ち         山崎 ももこ(武生商業高校三年)

 

 

短歌部門

 

福井新聞社賞  

真夏日にチリーンチリーンと風鈴が電車待つ僕胸が高鳴る

               田中 綾人 (武生商工高校一年)

優秀賞

右斜め君がいること知ってから背すじ伸ばしてつり革にぎる

             大沢 萌衣 (武生商業高校二年)

秀作賞

あなたの手電車で揺れるその度に触れる時間がとても恋しい

             栗原 青空 (武生商業高校二年)

踏切に今なお竹の使われし昭和を残すしなる遮断機

             野尻 茂信 (鯖江市)

佳 作

親戚の祭りへ行くと駅行けば俺も行くよと切符買う彼

                加藤 信子 (越前市)

緑組祝勝会の写真には駅前食堂焼きそばの匂い

                舘  栄一 (越前市)

ギリセーフ電車見つけて走ったがホームは逆で電車走り出す           

 西畑 晴哉 (武生商業高校三年)

目の前に座った君と目が合ってやばいと思い慌ててそらす

     竹間 結菜 (武生商業高校二年)

 ガタゴトン電車の音で思い出すカーネーションを買って帰る日

              大崎 たいな(武生商業高校二年)

わかってる視線の先はあの子でしょ見たくないから

車輛を変える       前川 望愛 (武生商業高校三年)

                       

 ガタンゴトン毎日聞くその音に今日はなんだか助けられる

              山田 和味 (武生商業高校二年)

 息かけて曇った窓に好きでした君に届かぬ想いを込めて

              山端 らむ(武生商業高校二年)

 

 

 

 

 

俳句部門

北府駅を愛する会賞

缶コーヒー握り暖とる朝の駅    

  舘 栄一(越前市)

優秀賞  

通学の始まる駅舎燕来る      

 野尻 茂信(鯖江市)

秀作賞  

思ひ出し笑ひする娘や春の駅      

河上 輝久(大阪市)

秀作賞  

教科書を開く待合室凍てり       

岡田 有旦(越前市)

佳 作

 鉄兜挙り雪掻き駅白し

                  水上 康男(越前市)

 ふた車両揺れて揺られて初景色

                  三好 弘幸(越前市)

 桜咲く表彰式の車椅子

                  五十嵐 一豊(鯖江市)

 無人駅灯影寂しく虫すだく

                  草笛 雅也 (福井市)

 子の描く春は空から大地から

                  嵯峨 和子 (鯖江市)

 異常無し電車待つ間の缶ビール     

                  加藤 信子 (越前市)

 

川柳部門

フクラム賞 

 北府駅春待つ僕ら出逢う場所

                林 里緒菜 (武生商業高校二年)

優秀賞

 無人駅君と私の秘密基地

                  玉川 真実 (武生商業高校三年)

秀作賞

ひと電車早いと違う顔に逢う

              細川 武幸  (鯖江市)

 発車ベル暗夜へ消える恋心

               木戸口 梨華 (武生商業高校二年)

佳 作

会いたいとメールしながら乗る電車

              笹木 咲里 (武生商業高校三年)

 夕焼けに染まって降りる無人駅

              村田 絹子 (越前市)

 雪布団被る電車や保留線

舘 栄一  (越前市)

 えきのなかあたたかいのはきみのせい

               白崎 晴也 (武生商業高校二年) 

 北府駅愛情と雪降り積もる

             玉村 菜摘 (武生商業高校三年)

 夕立が君連れてきた北府駅

             大森 菜央 (武生商業高校三年)

 「上鯖江駅」

吉田雨美(越前市)

 

「高校時代の三年間は、毎日が小さな旅だった」

北府(きたご)駅の駅舎の中に有名な歌人が書いたエッセイの額がかかっている。

武生に住んでいた彼女は、武生から福井まで一時間かけて電車通学をしていたそうだ。毎日、ある駅から、足の悪い男の子をおぶった母親が乗ってきて、それを承知の他の乗客たちは暗黙の了解のうちにその二人の為に席をあけておいたという心温まるエピソードが書かれている。

 

実は私も、彼女と同じく高校時代の三年間、この福武線の電車に乗って通学していた。彼女よりも四年ほど前になる。

その頃はまだ南越線(昭和56年廃線)は、粟田部駅から社武生(国鉄の武生駅の反対側にあった南越線の始発駅)間を走っていた。だが、私の家から粟田部駅は徒歩では遠く、家の近くのバス停から福鉄バスで武生まで出て、福武口と呼ばれた武生新駅(現在の越前武生駅)から電車に乗り、高校のある上鯖江駅まで電車通学をしていた。

 

武生新駅には、朝、いろんな制服を着た学生が集まっていた。男子生徒はほとんどが五つボタンの黒の学生服だったが、女子生徒は今ほど多種多様ではないが、ブレザーの制服の高校もあった。セーラー服もリボンの色が違うので、「あの子は○○高だな?」と制服を見ただけでどこの高校かすぐに分かった。

武生新駅からは武生に住んでいる学生や、私のように旧今立町から通う学生が電車に乗った。逆に、鯖江や福井方面から武生高校に通う学生たちは西武生駅(現北府駅)で降りていたのだろう。紺のブレザーの武生高校の子たちとすれ違う事はなかった。

 武生新から三つ目の駅に家久駅がある。(現在は「平成スポーツ公園駅」ができたので四つ目) 毎朝、その駅で、青い制服の武生商業高校の生徒が大勢と、二、三人の国立高専の男子生徒が降りる。商業の子たちはその鮮やかな青い制服が嫌いだったらしいが、中学も高校も、まったく同じセーラー服だった私は「セーラー服じゃなくていいなぁ・・・」と思っていた。

 家久の駅を過ぎると、急に車内は静かになり、学生の姿はずいぶんと減る。日野川の鉄橋を渡り、電車は大きく左に折れ、鯖江の町に入ってくる。

小高い丘、王山のふもとに上鯖江駅(現サンドーム西駅)がある。

その頃の上鯖江駅は、大きさは今とあまり変わらないが、現在のようなプレハブ駅舎ではなく、もう少し風情のある木造の古びた小さな駅だった。

上鯖江駅からの乗り降りは、鯖江高校の学生がほとんどだったと記憶している。というか、その頃の私には、電車にどんな人が乗ってくるのか、どんな人が降りるのか、学生以外の人には関心がなく、よく覚えていないのだ。先の歌人のエッセイに出てくる体の不自由な男の子の親子とは、その駅ですれ違ったような気もするが、はっきり覚えてはいない。

学校が終わると、また、上鯖江駅から武生まで電車に揺られて帰る。福武線には急行と普通があって、各駅停車の普通は鈍行と言った。上鯖江駅には鈍行は停まるが急行は停まらなかった。時々、乗り遅れて、次の電車が来るまで、その小さな空間に、ぽつんとたたずんでいたこともあった。

上鯖江駅の中には、木製の備え付けのベンチがあり、外側にもベンチがあったと思う。そのベンチに腰掛けて、帰りの電車を待つ間、本を読んだり、友だちと話したりした。その思い出のベンチが今はもうないのは、なんだかとても寂しい気がする。

 

 

 上鯖江駅から急な坂を登っていくと、坂の上に鯖江高校が見えてくる。今、歩いて登ると息が切れてかなり苦労する。よく覚えていないが遅刻しそうな時は大変だったのだろうなと思う。

鯖江高校は、王山を左手に建っていた。この山には弥生時代の古墳群(王山古墳群)があるのだが演劇部の発声練習の時に登ったくらいで、高校時代はまったく無関心だった。

私の通っていた中学校には演劇部が無く、高校に入るとすぐ、演劇部に入部した。高校二年生になると、美術部と放送部にも席を置いていた。

 

ひとつ年上の放送部の先輩と仲良くなったのは、夏の終わりの学校祭の頃だった。その先輩は家が学校から近かったので自転車か徒歩で通学していた。彼は校則違反ギリギリの長髪でフワフワと柔らかい栗毛色だった。黒髪の私はうらやましかった。笑うと白い歯がこぼれ、男らしいというより可愛らしい感じの男子生徒だった。

私は先輩たちに混ざり夕方遅くまで学校に残って学校祭の準備をしていた。やっと終わり帰る頃にはあたりは真っ暗で、虫の声の大合唱が聞こえていた。

玄関を出ると彼が言った。

「一緒に帰ろう。駅までおくるよ」

私は少しはにかみながら

「ありがとう」

と言った。

 校門を出て坂を下り、二人並んで歩いた。

それから毎日、先輩は上鯖江駅まで送ってくれた。ある時は少し遠まわりをして、西鯖江駅から帰る日もあった。授業が早く終わった日は、西山公園まで一緒に歩いた。そんな時は下鯖江(西山公園駅)から電車に乗ることもあった。学校からはけっこうな距離だったと思うがあまり辛くはなかった。歩きながら二人はあまりしゃべらなかった。しゃべらなくてもお互いの気持ちはわかっていた。

 

 私は中学生のころから、日記のような、ひとり言のような、思いつくままの言葉をノートに書いていた。そのノートを仲の良いクラスメートと交換したりしていた。

 今の時代は大変便利になったと思う。

待ち合わせの約束をしようとする時「いついつ」「どこどこで」「何時に会おう」と手軽にメールで連絡できるし、「何時に駅に着く」「今着いたよ」「どこにいるの?」などと、瞬時にラインでやり取りできる。声が聞きたかったら自分の部屋に行って気兼ねなく話すこともできる。

 その頃は、パソコンや携帯電話もなく、友だちや恋人とのやりとりは主に電話か手紙か、学生ならノートやメモを渡したり交換日記をしたりだった。夜、家の固定電話でとりとめのない話を何時間もして、しょっちゅう親に怒られたりした。

 

 季節は夏から秋に移ろうとしていた。校舎の横の金木犀が甘い香りを放っていた。

そんな頃、私と先輩は、交換ノートをはじめた。交換ノートと言っても、私が書き連ねた文章を彼が読むというだけのものだった。ノートの内容は、その日の出来事や音楽の事、映画の事、好きな芸能人の事、将来の夢や自分の悩みについても時々書いていたかもしれない。まあ、一方的な思いや感想やくだらない内容だったと思う。今さらながら、先輩はよく読んでくれたものだ。たまに彼からの返事が書いてあると、とてもうれしかった。

 

 校舎の周りの木々の葉がすっかり落ち、コートやマフラーが欲しくなる頃。

その日は、冷たい雨が降っていた。

ひとつの傘を二人でさして、いつものように坂道を下り、一緒に上鯖江駅まで急ぎ足で歩いた。

 上鯖江駅に着くとすぐに電車がキキ―とブレーキをかけ駅のホームに入って来た。

「はい。これ。遅くなってごめん」

彼から交換ノートを返された。私はノートを急いで鞄にしまい、足早に電車に乗ると、いつものように「バイバイ」と小さく手を振る。私は電車の中から彼を見つめながら見えなくなるまでいつまでも手を振った。

 

武生新に着くころには、雨がみぞれに変わっていた。駅の横の道路側に福鉄のバス乗り場がある。電車の駅と比べ電灯がひとつか二つしかないので、薄暗く、おまけにとても寒かった。

その日は何故か、福鉄のバスを待つ間に交換ノートを開いた。

 

「もう会えないと思う」

 

いちばん最後の行に、彼の字でそう書いてあった。

 

「ええ、なぜ?」

「どうして?」

 

上鯖江駅ではあんなに優しかったのに・・・さっきまで微笑んでくれていたのに・・・

答えが聞きたかった。彼の口から聞きたかった。

 

「上鯖江駅へ戻ろう・・・」

 

私はすぐさまその足で福鉄のバスの停留所から隣りの武生新の駅に戻った。

しかし、電車は出た後で、もうそこには電車はなかった。

とつぜん世界が終わり、真っ黒な冷たい海に突き落とされた感じ。

ショックだった!

悲しくて悲しくて、泣いた。涙が次から次と頬をつたった。

 

今から思えばその頃の私は世界が狭かったのかもしれない。周りが見えていなかった。

大学受験をひかえた彼の状況を思いやる気持ちなどあったのだろうか?

自分の事で精一杯で相手の事は考えられなかったのかもしれない。

「もう会えないと思う」というのは「今生の別れ」という意味ではなく、大学受験が終わるまで「しばらく会えない」という意味だったのかもしれない。幼い私には自分の思いや感情を最優先して、先の事を考えることや、想像力が欠けていた。

 

 そして、十二月もあっという間に過ぎ、年末になり、正月になり、学校が始まっても文字通り二人は「もう会えなかった」。受験生の彼はいよいよ忙しくなり、私は一人で電車通学を続けた。

あの交換ノートは、真っ白のままだった。

 

上鯖江駅。この駅に降りると、あの頃のしょっぱい思い出がよみがえる。

 

 

もうからん電車

                   辻川 定男(坂井市)

 

「もうからん、もうからん、もうからん」

 えみねえちゃんが独特の節回しで歌うようにつぶやく。ぼくが、「なに、その変な歌」と聞くと、えみねえちゃんは得意げに答える。

「だって福鉄電車は、もうからん、もうからんと言って走るんだよ」

 えみねえちゃんが言う電車の音とは、電車がレールの上を走るときの音のことだ。普通は、「ガタンゴトン」と表現するのだろうが、福鉄電車、特に鯖浦線の電車は、「もうからん、もうからん」と言って走るのだそうだ。まるで赤字路線と言っているようなもので、ずいぶんと失礼な話だ。でも、当時中学生のえみねえちゃんにはそんな気持ちなどさらさらなかった・・・・・・ように思う。

 

 えみねえちゃんとぼくはよく福鉄電車に乗った。日常的に通勤通学で利用した、というわけではないが、折りにふれて利用した。ぼくの家の一番近い西田中駅まで二キロほどもある。家の近くにはバス停があり、福井まで行けるのだがぼくはバスに酔うので嫌いだった。それで二キロ離れた西田中駅まで歩いて行き、福鉄鯖浦線に乗るのだ。

 織田まつりに行くのには、西田中駅から織田行に乗り、終点の織田駅で降りる。劔神社までの三百メートルの道を歩く。赤い欄干の橋を越えれば、すぐに劔神社だ。

 たけふ菊人形に行くのにも福鉄電車だ。西田中駅から東に走り、水落駅で乗り換える。終点の武生新からは菊人形会場まで歩いて行く。織田まつりもたけふ菊人形もお昼には母ちゃん手作りのおにぎりを食べるのが楽しみだった。

 そう、このとき母ちゃんや父ちゃんはいない。仕事が忙しくて一緒に外出することなんてできない。いつも中学生のえみねえちゃんが小学生のぼくの手をひき、ふたりで出かけるのだった。いつもいつも。

 ぼくはえみねえちゃんに手をつながれるのがいやだった。えみねえちゃんはぼくの手を痛いほどぎゅっとにぎるからだ。今思えば、万一はぐれるのを恐れてぎゅっと握ったのだろう。

 福井へ行くときは水落駅で乗り換え、北へ向かえば大都市福井に行けた。デパートの屋上には遊園地があり、飛行機に乗ったり、回転木馬に乗るのが楽しみだった。お昼には母ちゃんのおにぎりではなく、大食堂で食べるライスカレーが美味しかった。

 えみねえちゃんが中学三年生でぼくが小学六年生の三月、いつものように二人は福井へ行った。いつものようにデパートの屋上で遊び、いつものようにライスカレーを食べた。いつものように電車に乗って帰ってきた。もう少しで西田中駅に着こうとしたときに、不意にえみねえちゃんが泣き出した。

「もうこんなことはできない。定男と二人で出かけるのは今日が最後だよ」

 そう言ってえみねえちゃんは大声で泣いた。周りの人がこっちを見るほどの大声だった。ぼくはとっても恥ずかしかった。

 えみねえちゃんは中学を卒業すると集団就職で大阪に行ってしまった。そうして二人で福鉄電車に乗ることはなくなった。

 

 それから長い年月が去った。時代は昭和から平成になり、平成から令和へと移っていった。鯖浦線は廃線になってしまったが、本線は残っている。今日も多くの子どもたちを乗せて走っている。えみねえちゃんは七十歳の老人になり、ぼくは六十五歳以上の高齢者と呼ばれるようになった。二人とも元気だ。まだまだ元気だ。福鉄電車に負けないようにまだまだ走り続けるつもりだ。

 今でもえみねえちゃんの声が聞えそうな気がする。

「もうからん、もうからん、もうからん」

あの言葉はえみねえちゃんが考え出したのだろうか。それとも昔から言われていたのだろうか。今度会ったときにえみねえちゃんに聞いてみようと思う。えみねえちゃんはきっとこう答えるだろう。

「そんな昔のこと、わすれてしまったよ」

それならそれでいい。えみねえちゃんと話ができるだけでいい。

             

 

 

 

 

 

 

 

北府駅と傘

                 小松崎 有美(所沢市)

 

 越前で過ごした幼少期。今も忘れられないエピソードがある。その日は両親が出掛け、ばあちゃんが留守番をすることになっていた。

「ばあちゃん、いい?絶対に外に出ないでね」

出掛けに母が念を押す。それも無理ない。当時ばあちゃんは認知症で色んなことがわからなくなっていた。買い物に行けば帰り道がわからなくなり、警察やご近所さんの世話になることはしょっちゅう。そんなばあちゃんのため、両親が出掛ける時は家中に『出るな』の張り紙をした。こうするとばあちゃんは約束を守ってくれた。

しかし、である。その日私が学校から帰るとばあちゃんの姿がない。外は激しく雨が降っている。まさか。私はいてもたってもいられず、外に飛び出した。

するとどこからともなく救急車の音。もう嫌な予感しかなかった。ばあちゃんは生きている。そう信じた。いや、生きていてくれ。そう祈った。

けれど一時間探しても見つからず、警察に届けを出した帰りのこと。

「北府駅にいたってよ」

父が安堵の声をあげた。私たちは急いで駅に向かった。昭和レトロな木造建築の駅舎。木枠の窓ガラスに、むき出しの蛍光灯。その古びた木製のベンチにばあちゃんはいた。おそらく傘の使い方を忘れてしまったのだろう。傘を閉じたまま、頭から爪の先までびっしょり濡れていた。

「どうして出ていったのよ」

母が心配そうに、だけど強い口調でばあちゃんを咎めた。ばあちゃんはすまなそうに肩をすぼめた。

「もしかして、じいちゃんか」

父が言った。ばあちゃんは小さく頷いた。雨の中駅に行った理由がやっとわかった。ばあちゃんは雨が降ると傘を持ってじいちゃんを北府駅まで迎えに行っていた。この日も、やっぱり、そうだった。十年前に亡くなったじいちゃんのために。

私たちは急に黙り込んだ。ばあちゃんは認知症になっても、じいちゃんを想う気持ちだけは忘れなかった。傘の指し方を忘れても、傘を差しだす気持ちは忘れなかった。そんなばあちゃんを誰がせめられるだろう。

「さあ、かえろう」

私たちは駅舎をあとにした。さきまでの雨が、少しだけ、弱く感じた。

 

初めて 北府駅から

渡部 末子(鯖江市)

 

今から二十年ほど前のこと。

 七才と五才の孫娘と武生菊人形へ見物に行った。秋晴れの中、会場内を見物し、遊具などでも楽しんだ。遅い昼食を食べた後、帰ることにした。

 会場から歩いて北府駅へ。その道中の街並みが珍しくて、あちこち見ながら駅舎についた。殆どなじみのない駅である。それなのに武生新からの電車を待つ時間、何となく、ほっこり気分。二人の孫も珍しいものでも見るような目で駅舎の中をあっちこっち歩き廻っている。

 そのうちに電車が来た。見ると、先客はなく私達三人の貸切電車だ。孫らは走って電車に乗り込んだ。坐る場所を探す必要なし。窓辺に沿った横長の座席だから。

 電車が動き出すと、孫は窓から外の流れる景色を眺めている。

 家久の駅で電車が止まった。乗客なし。

 孫は運転台の後ろに移動。発車した電車はそのうちに日野川の鉄橋を渡り、上鯖江駅。ここでも乗客なし。運転手さんの後ろから、一直線の線路を眺めたり。退屈しないうちに西鯖江駅についた。

「降りるよ」と言うと

「もう降りるの?」と。

プラットホームに数人の乗客の姿が見えた。

 名残り惜しそうに、仕方なく降りた二人。

 電車が動き出すと

「バイ バーイ」と手を振り見送った。

「おばあちゃん また電車に乗りたいよう」

「また行こうね」

少し納得したみたいだが、名残りは尽きないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがたき本数

                飯塚 朱音 (武生商業高校二年)

 

 私は、中学校を卒業後、武生商業高校へ入学した。私は南越前町出身であり、JRの北陸本線の武生駅に降りた後、福武線の越前武生駅から電車に乗り、家久駅で降りて高校へ向かう。私は、高校一年から、この方法で通学している。福武線のありがたい点は、十五分おき位に、電車が走る点だ。JRよりも格別に本数が多い。実は、私は高校一年の時から、数学、商業科目の成績が思わしくなく、高校側から夏休み、冬休みに補習に来るよう連絡されていた。

 私以外の他の者は楽しい長期休業を過ごしているようだったが、私は補習を言いつけた高校のせいで全く楽しくなかた。しかし、福武線には私の高校への憎悪をいやすような温かさがあった。私が補習に向かう時も、ちょうど良い時間に電車が動いているし、補習から帰る時もちょうど良い時間に帰ることができる。私は、福武線にとても感謝している。

 今年の冬休みも私は補習に行くが、福武線をもちろん利用する。私に補習のない長期休業など訪れる気は全くしない。補習に行く為に福武線を利用している訳だ。高校側の私に対しての惨い仕打ちと理不尽の矛盾の多い対応には心底呆れた私だが、福武線には、そんな私を家久駅、越前武生駅に乗せて行ってくれる温かさ、優しさを日々感じている。

 私は、最近高校の教師が悪魔に見えて、高校その物が死地の拷問部屋に見えている。福武線に、お礼を言います。いつも私を優しく、乗せてくれてありがとうございます。このご恩は一生忘れません。高校卒業後も結婚しても福武線を利用したいと思います。福武線への感謝と共に、これからもよろしくお願い致します。

      

 

 

 

 

 

福武線北府駅

               山岸 文男 (越前市)

 

JR武生駅で、二人連れの女性から声を掛けられ”福武線北府駅”と書かれた紙片を見せられた。

「ここに行くには、どう行けばいいんでしょうか」と言う。若い二十代の女性と話が長くなるのも面倒と思い

「そこのタクシーに乗って行けば、基本料金で行けますよ」と答えると、

「少しまちを歩いてみたいんです。そんなに遠くないんでしたら、道順を教えて下さい」と言う。

この正面を真っ直ぐに行くと、総社大神宮の前に出ます。その神社の前の歩道を右に折れてニ十分程歩くと駅が見えてきます。そこが駅ですよ」

「ありがとうございます」帰りの電車まで三時間程ありますから、行って帰れますわね」と自分たちで確認するかのようにして歩き出した。私は、「気をつけて」とだけ言い、歩き始めた。駅前交差点の歩行者信号が赤であったため、自然に三人が一緒に待つことになった。少し間を埋めるためと思ったのか

「ここを真っ直ぐでいいんですね」と聞く、

「そうですよ」と一言返す。すると

「ここは、おそばがおいしいんですか」と聞いてくる。

「ええ、一応おいしいということになっていますけど・・・食べてみますか」と誘う。

「案内して頂けますか」と弾むような声となる。マスクのため表情はわからないが、喜んでいるように見える。

「じゃあ、そこの店にいきましょうか、結構な味の店で、私も時々食べますよ」と”高瀬屋“と書かれた看板を指で示した。

「でも、時間がなくなりそう」とためらいをみせるので、

「食べてから、タクシーで行って、帰りは歩いて戻ってくればいい。それにそばくらいならボクも付き合いますよ」

「そうして頂けると助かりますわ。是非、お願いします」

店に入ると、幸い四人掛けのテーブル席が空いていた。二人にはおろしそばの大を、私はラーメンライスを注文する。すると

「面白い方ですね」と笑うので、

「ラーメンもそばの種類です」と返す。

「普段は、もっと混んでいるのに、意外に空いているのは珍しいですよ。ついてますね」と言い、マスクをはずす二人を見て、

「マスクをとっても美人ですね」と言うと、「本当ですか」と率直に喜ぶ姿に、周囲も華やぐ。タイミングよくそばの方が先に運ばれてくる。店主自らである。これも珍しい。

「いつもと違って、早いんだね」と冗談めいて言うと

「若い女性の方だから」と軽妙な口調で言うので、周りの客からも笑い声が起きた。

「ここの出汁は少し辛いから、気をつけて」と言うと、二人は一瞬、戸惑ったように見えた。

「ああ、すまん。この薬味を適当に入れて、そこにその麺を入れて食べればいいんです。どうぞ」と言うと、ためらいがちに一口入れた。そして「おいしいですわ」と交互に声を出す。

「それはよかった。ここは駅前だけに一見客が多いこともあって、それ相応の味で、有名なお店です」そしてついでに

「それから、そばは音を立てて食べるのが通になっていますから、遠慮せずに音を立てて食べて下さい」

「そうなんですか」と言うと、二人は音をたてて“おいしい”と言い食べていた。

        ?

 店を出て、一旦、駅のタクシー乗り場に戻り、北府駅に向かった。タクシーの中で、

「あのお店の方、面白い方でしたわ。お店を出る時、音を立てて食べてもらってありがとうと言われたんです」と笑いながら言うので、

「いつもあんなこと言う雰囲気じゃないのにコロナで、店内が少し緊張していたこともあったのかな」と言い、さらに

「ここの県は感染者が余り出ていないだけに余計、神経質になっていることもあって・・・・特に、県外からの方にはね」

「それは感じますわ。今のお店でも、あなたがいなかったら、私たちだけでは入れなかったと思いました」

「そんなことより、なぜ、この時期に来たの」

「何も、そこまでとは思ってなかったんです。それに私たち四月からは大学院に行くので、就活はしなくていいので、近場でと思い来たんです。でも、ホテルのフロントでもピリピリしたことが感じられたので、宿泊はせずに今日、帰ることにしたんです。

「ついでに聞くけどなぜ福武線北府駅なの」

「駅の方に聞いたら、さきの紙を渡され、このまちの人と思われる方に案内してもらったらと言われたんです」

「それで選ばれたと言うわけですか。光栄です。最初は違和感があったけど、はっきりしてよかった」

「すいません」と二人は頭を下げる。

「あやまることはないですよ」と言っているうちに、交差点に着いたので、

「赤信号だから、ここで降りましょう」

 

         ?

 「この駅は、この付近に住む人がたちが『北府駅を愛する会』を立ち上げて、いろいろ盛り上げに協力している駅なんです。さらに、ここを運営している本社や車両の整備基地もあり、マニアには人気のスポットでもあるんです。

それから、ここは昔、国府が置かれていた土地で、その北の方だから『北府(きたご)』という地名と聞いております。ボクはむしろ『きたふ』と呼んだほうがいいという意見に賛成していますけど、少数派です」

「そうなんですか。最初私たちもどう呼ぶのかなと考えましたけど、地名はおもしろいですね」

青信号を渡ったところで、

「ボクは、この先の道を・・・いま、向こうに車が走っているのが見えるでしょ。あの道を五十メートルばかり行ったところにある喫茶店に行きますから、後で、よかったらそこに来て下さい」

「一緒には、ご覧にはならないのですか」と不安気に言う。

「三十分もあれば充分です。小さな造りですから、いま以上の説明は出来ませんので」

「でも、何かあるんではないでしょうか。折角来たんですから、これはというのが・・・」

「まあ、強いて言うなら、ホームに出られて電車の入ってくるところを見れたらいいですよ」

「そうしてみますけど、何があるんですか」

「いい風が吹いてくるんですよ。それに浸るというか、詩情を感じるんです。そう心の風を感じさせてくれますよ。きっと紹介された人も、そう思っていたのかもしれませんよ」

「それは本当に楽しみですわ。是非、感じてみたいです。では後ほど、喫茶店で」と二人は駅舎に向かって歩き出す。

 (絵になるな)と感じつつ、私は西に向かう。

 

         ?

「ホームで感じてきました。本当によかったですわ」

「私は、映画に出てくる『駅』の一シーンを浮かべていましたの 雪も降るんでしょ」と二人がそれぞれに言葉を出した。

「ここのコーヒーおいしいですよ。本場というか、特徴ある豆で出していますから、今日はエクアドルらしいです。それを注文しますよ」と半ば強制するようにして注文をし、沈静化させた。そして話を戻す。

「県外から来る女性の中には、駅をもっとメルヘン調にと言う人も多いらしいけど、お二人はどう思った?」と問いかけると、

「私たちは、いまのままがいいと思いました。その方が、歴史を感じますから」

「あのホームで、これまで多くの人間模様があり、時には青春の一幕の場でもあったみたいです。それだけに、振り返る場としても残すには、いまのままがいいと思います」

「そうでしょうね。私たちはいつも満員電車でしたから、とてもうらやましいですわ」

「踏切を半円描いて入ってくるのがたまらないと、特に子どもには人気があるようです」

「そう思います」

「大人には、駅を出ていく電車に『別れ』を感じさせてくれます。ボクも好きなんですよ。一緒に乗って行きたいのに、見送ってしまうシーンを浮かべて、涙が出そうになります」

「だから、ご一緒されなかったのですね。わかりますわ」

「ホームから交差点までの空間も素敵なんです。特に桜が咲きますと、また別の感情が湧いてくるのです」

「ここに来られて、よかったですわ。本当にありがとうございました」とあたまを下げた。コーヒーが運ばれてきた。それを機に話題は移ったs。

「ところで、このまちは以前、武生(たけふ)という市と聞きましたけど・・」

「うん、いわゆる平成の合併で、いまの越前市となったんだけど、いまも、愛着を持っている方も多いのが本当のところです」

「私たちからすると、おもしろい地名です。どういう由来から来たんですか」

「興味あるの、少し時代が遡るけど、いい?」

「かまいませんわ、私たち古代史に興味がありますから」と二人で顔を見合わせて微笑んだ。エクボが可愛く感じられた。

「この地名は、古代の歌謡「催馬楽」に納められている『道口』に“道の口、武生の国府に・・・”とあることから武生をとったと聞いています」

「紫式部も、ここに来たと言われているそうですね」

「そう、一年ほどでしたけど。でも、式部が生涯でたった一度、都を離れた地としては、その方面では、有名だそうです」

「そうらしいですね」

「そのこともあって、紫式部公園も出来ていますよ」

「この次は、是非、そこも行ってみたいですわ」

「今度、ゆっくり来てください。なんならご案内しますよ」

「本当ですか。じゃあ予約お願いします」と言い、私の住所と携帯番号、二人の携帯番号を交換した。

「もう、行かなきゃ間に合いませんよ」と立ち上がると、いつ来たのかわからなかったが、一人、入り口の席でコーヒーを飲んでいた男が立ち上がった。十年振りくらいになる高校時代の同級であった山岡であった。

「そんな美人二人を歩かせるなんて失礼だ。俺が駅まで送って行くよ」と言うので、

「まあ、悪いことは出来ない性格だから、乗せてもらっても心配はないですから、迷惑でしょうけど乗ってやって下さい」と任せることにした。二人も

「お世話になります」と素直に従って車に乗り込んだ。

「じゃあ、頼む。というほどの関係ではないけど」

「わかったよ、またな」と車は発信した。

 (歩いていたら間に合わなかったな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北府駅

             齋藤 幸男 (大野市)

 

駅には いろんな人が来る

旅に出る人を見送り

旅から 戻って来た人を迎える場だから

孫を迎えに爺ちゃん

昼すぎから雨が降り出し

孫は傘なしで出掛けたから

婆ちゃんだって同じ 孫を待つ 来てる

美しく 優しい光景だ 温かみを感じる

爺さまと婆さまが いつのまにか

近づいて 話してる 孫のことらしい

寒いのう 朝はめっぽう空色がよかったが

最近は 何でも急変するから

困ったもんじゃのう こんなことになって

 

学生が 降りて来た

走って 家路に向かった 速い 雨の中

ベタベタになったことだろうが

慣れているらしく どんどん走った

少女も走った バランスを崩して

倒れそうになったが 街角で姿が消えた

 

土方らしい人 会社員らしい人

買い物に行くらしい主婦

二人連れだって行く 若者もいる

見ていて ほほえましい 平和だ

 

駅に来て 片隅で人々を観察していると

人生の裏と表 善と悪 美と醜も

正確に見てとれる あきない

駅とは そういうところだ

 

北府駅で じっと人の動きを見た

皆 自分の目的に向かって ここに来る

興味はつきない 一時間人を見ていた

来る人も 去る人も

乗る人も 乗らない人も 皆目標を持つ

駅とは そういう人の集まるところ

俺は その情景を見に行った

見ていて ひとつのことを想い出した

離婚して 生まれた東京へ戻る

若き三〇歳の女性 美しい女性

何故 東京へ戻るのか

夫に 追い出されたのだという

君は 何も悪くない 帰るな 居ろよ

私は忠告したが

夫に「二度と顔も見たくない」と言われ

決心して 実家に帰るのですと言う

 

なんと悲しい話ではないか

東京から 寒い福井に嫁してきて

三年で「別れようと」などと

どうなっていたんだ 君たちは

我慢してやって来ていたんです

 

自然の美しい 人情の厚い人たちがいる

この人たちの別れだけが 私にはつらい

そう言い残して彼女は福井を去った

おしい人物を 福井は失った

そう思ったが

決着した彼女の心に 変心がないと知り

涙で彼女を 見送った もう三〇年前

 

片時も その時のことは忘れない

駅だ 駅は 人との出合い 別れを

毎日 繰り返している

いい所でもあり 記憶に残したくない所でもある

 

この駅は 北府駅ではないから

イメージ・ダウンになりはしまい

しかし 駅には

様々 雑多な悲哀がひそんでいる

必ず 秘んでる

 

そう思いながら 駅前を通る人を見た

彼等だって 目的を持って 動いてる

駅に来ると 面白い

いろんな 場面を思い出す

 

北府駅の周辺を 巡り見た

家並みも良い 住み人のない家もある

だが人々には この駅が必要で毎日来る

思い思いは違っても

一寸した駅片隅の花びらが

心を やつしてくれる

線路のむこうを見た 日野山が見える

仏形をした山として 知られる山だ

手を合わせ 自分の生への感謝を表す

 

あの山のように いつまでも

おだやかに 私は横たわっていたい

そんな願望が いつもでる あの山を見るたびに

 

北府駅は そんなことを願わせる所にある

山が見え 来る人 去る人を 心底から

思いを寄せて さよならを告げる

さよならだけでなく

いらっしゃい ようこそ うれしいは会えて

こんな駅なのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

紺のハイソックス

             宮澤 由季(さいたま市)

 

毛玉のついた黒いタイツが、紺のハイソックスに変わっていた。

「来週から自電車通学するんだ」

粉を吹いた膝を撫でながら君が言った。

夏にハードルでつけた傷がすっかり消えていて、僕は車窓に目を移す。

僕らの青春より少し遅いスピードで、景色が通り過ぎていった。

 

また春なんてものが来た。

僕から君を奪う春。

朝の挨拶と、ひと駅分の会話を僕から容赦なく奪う。

 

春が過ぎて夏が行き、秋が半分去ったころ

またこうして君と同じ電車に乗れるだろうか。

君に進路も聞けないまま、18の冬が終わろうとしている。

近づく駅舎を眺めながら、僕は「へぇ」とだけ言った。

 

ホームに到着すると、「また明日ね」と君は手を振った。

揺れる制服のスカートと朱色のマフラーが小さくなる。

昨日よりも心地よい風が頬を撫で、僕はどうしようもなく春を感じた。

 

この恋は、ここへ置いて行こうか。

街に北風と雪がやってくるまで。

 

北府の駅舎に置いていこうか。

また僕らが電車に戻るまで。

 

 

 

 

 

 

北府駅

              渕田 静江(福井市)

 

名前からのイメージは

北海道の雪の原野を連想する。

北府駅に初めて降り立ったのは

桜の花びら舞う四月の終わり。

それも今からかなりの前の事。

どこかしゃれた建物とは違い

駅舎は暖かい木造のレトロな感じ

そしてどこの駅舎もそうであるように

誰もいない駅舎の中を

花冷えの風が抜けていった。

寂しさに物言わぬポスターと

ただただ語るのみ

ガラスケースに昔活躍した

道具類が整然と並んでいる

時折薄日に反射して美しく光る

こうしているだけですべてが

忘却の彼方にこみ上げる思いは

北府の駅に来てみて

優しい気持ちになれた事

現在はどんな風になっているのやら

世の中あまりに変わりゆく中

北府駅よそのままでいて欲しい

またいつかきっと会いにいくよ

必ず会いに行くつもりでいるから

ほんとは今スグにでも行きたいが

体調を崩してしまいその上

コロナが蔓延しているので

外出は許可がないと駄目なのです。

今行けなくても

北府駅は待っていてくれる。

きっと今日も優しい顔でお客さんを

見送り、出迎えて居る事を思う。

途方に暮れた母

                浜本 はつえ(越前町)

 

あの日突然死体で戻ってきた

父のかたわらで母は途方に暮れた

朝元気で仕事に出て行った身体が

もの言わぬ屍となって運び込まれて来たのだ

二人の幼い子どもと

老いた義母を抱え

二十五歳で母は後家さんになってしまった

 

泣きあぐねる暇もなく

どう葬儀を執り行ったのか

どう祀ったのか記憶が定かでないうちに

母は現実の時を進めなければならなかったのだ

 

朝起きていくと洗面器いっぱいの血を吐いた

祖母の看病を母がしていて

病床の中で弱々しく私の名前を呼んでいた

祖母も亡くなった

その辺りの場面をおぼろげだが憶えている

 

またしても途方に暮れた母は

三歳の私と一歳になったばかりの弟を連れ

電車で福井から武生に出て

そこから舗装されていない道をバスで

故郷の越前へ戻った日のことも

何となくだが昔の映像でよみがえってくる

 

進行する車窓から

線路わきの電柱が後ろに

後ろの方向へ次々と飛び去り

木々も 家々も

田も畑も現れては飛び去る風景を

無邪気に窓に顔を押し当てて

飽きもせず眺めていた私

今後の不安で圧し潰されそうになる思い

弟を抱きながら押し黙り座っている母を

気づかう街などまったく知らずにいたのだった

 

あれから随分時代も流れて行ったが

電車の窓から通過して行く景色を眺めて過ごすのが

いまでもひどく好きだ

 

 

 

北府駅から

             青山 茂樹(千葉県松戸市)

 

乗客が降りてゆく

北府駅はさびしい顔で送り出す

乗客が乗ってくる

北府駅はうれしい顔で出迎える

 

雨の日も 風の日も

ずっとその場にたたずんで

 

喜びと悲しみが交差するその駅は

どれほどの人生を乗せたのだろう

 

北府駅は誰の人生も語りはしない

ただ見送り 出迎える

 

でもあなたの あなたの人生だけは

ゆく冬 くる春でありますように

 

 

 

 

 

 

 

お母さんと私

              西 陽向(武生商工高校一年)

お母さんと

初めて電車に乗ったあの日

ホームと

電車の間のすきまがこわくて

そんな私を見たお母さんは

手をつないで乗ってくれたね

 

少し大きくなっていて

今度は

一人で乗ろうとしたら

次は お母さんから

「手を、繋いでいいんだよ」

って言った

 

私は にっこり笑って

「ありがとう」って言って

お母さんの手を握った

 

 

 

 

いつもの朝

              河合 翌(武生商工高校一年)

 

毎朝電車にゆられながら

通学していると

いつも君がやって来る

私たちはいつも

同じ場所に座り

話すことなく

お互いの目的地へと

たどりつく

いつか話してみたいと

思いながらも

少しの勇気が出ず

今日も私たちは

一言も話すことなく

車内での時間を過ごす         

 

 

 

 

電車を待つ

              山崎 ももこ(武生商業高校三年)

 

誰もいない駅に二人ぼっち

静かに雪が降り積もり

寄り添う二人の笑い声が響く

屋根につららができるくらい寒いけど

繋いだ手と心は暖かい

 

 

 

散文部門 選評    笠嶋 賢一郎

 

武生商工会議所賞

上鯖江駅               吉田 雨美(越前市)

 

上鯖江駅。この駅に降りると多感だった高校生時代のしょっぱい思い出が蘇る。

初恋とも覚える高校生時代の淡い純真な思い出が交換ノートをツールとして生々しく描かれていて共感を呼びます。駅は出会いと同時に別れを誘いますね。

 

優秀賞

もうからん電車            辻川 定男(坂井市)

 

えみねえちゃんと僕はいつもふたりで西田中駅から電車に乗り、武生菊人形や織田まつりに出かけ、時には福井まで遠出しデパートで食事し遊園地で遊ぶのが楽しみだった。ある時、えみねえちゃんが大阪に集団就職することになり、別れが来た。それから長い年月が流れ、二人は高齢者になったが、今でもえみねえちゃんの昔口癖だったあの声が聞こえそうな気がする。「もうからん、もうからん、もうからん」姉弟愛のじわりとするいいお話だ。

 

秀作賞

北府駅と傘              小松崎 有美(所沢市)

 

 認知症になったばあちゃんが、亡くなったご亭主にいつものように北府駅に傘を持って迎えに行った時の思い出が、孫だった作者の目を通してビビッドに描かれてている。ばあちゃんは認知症になっても、じいちゃんを想う気持ちだけは忘れなかった。傘の差し方を忘れても、傘を差し出す気持ちは忘れなかった。そんなばあちゃんを誰が攻められようか。実にいいエピソードです。

 

秀作賞

初めて、北府駅から          渡辺 末子(鯖江市)

 

孫娘二人を連れて武生菊人形を見学した後、北府駅から電車に乗った時の思い出を、孫の喜ぶ姿を眺めながら回想するというほほえましい情景を描いている。微笑ましい小品だ。

 

詩部門 選評      千葉 晃弘

 

福井県詩人懇話会賞

北府駅             齋藤 幸男(大野市)

 

 駅には、乗り降りする人あり、迎える人がある。そして、一人一人の人生の姿がかいま見られる。三十年前の東京の実家に帰る、若い女性の想い出もある。

作者は、駅に居ながらにして、人生を見て楽しんでいる。雨が来て、孫を迎えに来た、爺さま、婆さま。駅のホームからは、仏の形をした名峰が望める。世界が望める。自由自在の境地である。

 

優秀賞

紺のハイソックス        宮澤 由季(さいたま市)

 

 駅と電車を素材にした、僕と君、春、夏、秋と季節が移り、青春の心が移る。

その中で、「黒いタイツが、紺のハイソックスに変わり」夏にハードルでつけた傷がすっかり消えて」「揺れる制服のスカーツと朱色のマフラー」というように、季節と心の揺れを、うまく描いている。

 

秀作賞

北府駅             渕田 静江(福井市)

 

 ありのままの北府駅を、見事に描き切っている。「木造のレトロな感じ」「駅舎の中を 花冷えの風が抜けていった」「世の中あまりに変わりゆく中、北府駅よそのままでいて欲しい」コロナが蔓延する中でも、北府駅は優しい顔で、出迎えてくれる。

 

秀作賞

途方に暮れた母         浜本 はつえ(越前町)

 

 二十五歳で、後家さんになった母、病弱の義母の介護をしながら、三歳の私と一歳の弟を育てた。電車で福井から武生へ、舗装の無い道をバスで越前町に戻った。「今後の不安で圧し潰されそうになる思いで 弟を抱きながら押し黙り座っている母を 気づかう術など全く知らずに」 車窓を眺めていたのだ。

 

短歌部門  選評     青山 雨子

 

福井新聞社賞        田中 綾人 (武生商工高校一年)

真夏日にチリーンチリーンと風鈴が電車待つ僕胸が高鳴る

 

電車の駅に風鈴が吊るされていたのでしょうか。電車が入ってくれば風鈴の音はかき消されてしまうのでしょう。電車を待っている間にふと耳にした風鈴の音が、静かな駅舎やホームを想像させます。「チリーンチリーン」と普遍的に表現された言葉が歌の奥行きを導いていく作品で、風鈴の音で作者の心が澄み渡っていくというのではなく、「高鳴る」と、対照的に広がっていくところが若々しい青年高校生を感じさせました。ただ、「風鈴が」としたのは、風鈴の音から感じる余韻を表現したのでしょうが、この場合、「電車待つ」の主語と取られてしまうかもしれないと思いました。短歌は一行でひと息に詠むものですから、そこだけが小さくマイナスになりました。

 

 

 

優秀賞           大沢 萌衣 (武生商業高校二年)

右斜め君がいること知ってから背すじ伸ばしてつり革にぎる

 

「右斜め」と、最初に書き出すところがシャープだと感じました。「君」は座席に座っていたのか、それとも電車内で立っていたのか歌には書かれていません。でも、立っていたのだろうと私は思いました。「君」はつり革を握っていたか、ドア近くの手すりにもたれていたのだろうと――。「背すじのばしてつり革にぎる」というところから、二人の間の視線や視野の高さに共有があるのではないかとこの歌から感じたからです。実際は違っていたかもしれません。それでも良いのです。また、ここには書かれていない「制

服」が私の頭に浮かびました。女子高校生の制服姿を最も凛々しく見せるのは、背筋を伸ばすということだとこの歌を読んで改めて思い出したのです。それらをひとまとめにして女子にしか書けないすばらしい作品だと思いました。

 

            

 

 

 

秀作賞             栗原 青空 (武生商業高校二年)

あなたの手電車で揺れるその度に触れる時間がとても恋しい

 

わたしはこのような歌も好きです。素直という特徴は若さを持つ人にあって、特に輝くものだと感動しました。あなたの手が電車で揺れているということを発見した作者は、彼の手に実際に触れることができるわけではありません。電車の揺れと共に揺れる彼の腕は、きっと高校生らしい長くのびた腕だったのでしょう。詩歌の場合、書かれていないことが作品を膨らませます。「あなたの手」について、短歌という限られた文字数の中で、この作品は書いていないことを書くことができていると思いました。書かれていないこととは、彼の腕の長さや太さ、陽に焼けているかいないかなどですが、この歌では「手」という言葉でそれらを包括しています。「手」についてのイメージは、読み手それぞれのものになることで共感する人が多く生まれます。そして、「とても恋しい」と結ばれた言葉の響きが、日本伝統の和歌の響きを感じさせました。視覚的な技巧を用いず抒情で表しています。それがとてもよかった。このような作品がこれからも高校生から生まれることを願っています。

 

            

秀作賞              野尻 茂信 (鯖江市)

踏切に今なお竹の使われし昭和を残すしなる遮断機

 

踏切の遮断機が竹だったと書かれたこの歌を読んで、そうだったかもしれないと思いました。竹からプラスチック製に変わったばかりの頃、遮断機は、踏切りには立ち入らせないという意志のような固いまっすぐのものだったように思います。事故を防ぐためだと思いますが、誤って線路内に入ってしまった人や車を助けるためには竹のようなものの方がいい場合もあるかもしれないと思いました。「遮断機」と結ばれたこの歌から、私はこのようなことを私は考えてしまいましたが、この歌の本来は、昭和から現在の時間の流れが漂う美しい作品です。線路を、時間通りに走りぬけていく電車を眺めている作者の視線がふと遮断機に移り、竹を使ってさまざまな道具を作っていた時代を思い出させたのだろうと思いました。電車の揺れや線路のカーブ、車窓から見える自然の風景は柔らかなものです。その電車をめぐる歌に「踏切」「遮断機」という違った角度からの風景を捉えた作者によって、「竹」という言葉がこの歌の欠かせない仲間となって加えられています。作者はこんな細かなことを考えて歌ったわけではなく、おそらく頭に浮かんだままを自然に書いたのではないでしょうか。そのようなことを感じさせるのも、この歌の香りある味わいです。

俳句部門  選評     和田 てる子

北府駅を愛する会賞

缶コーヒー握り暖とる朝の駅      舘 栄一(越前市)

 

「朝の駅」は多分北府駅でしょう。北府駅は無人駅ですから、待合室に暖房はありません。 それにしても寒いなぁ。そうだ駅には自動販売機があるぞ。早速温かい缶コーヒーを買って、湯たんぽのごとく握りしめます。いやぁ!温かい!何気ない一コマですが、素直な表現に無駄がなく、無人駅の朝の情景がよく伝わりました。

 

優秀賞  

通学の始まる駅舎燕来る        野尻 茂信(鯖江市)

 

 さあ、この駅から新しい学生生活の第一歩が始まるぞ。いい先生や、生涯の友に出会えるかな?わくわくです。そこへ朗報を伝えるかに、燕が舞い込みます。学生生活も悲喜こもごも。しかし作者は、進みゆく学校に、ただただ大きな期待を寄せているのでしょう。折からの燕は、そんな夢や期待を大きく膨らませてくれました。「燕来る」の季語がとてもよく効いています。

 

秀作賞  

思ひ出し笑ひする娘や春の駅      河上 輝久(大阪市)

 

 なんてほっこりするひとこまでしょう!若い娘は、箸が転げてもおかしいと言われますが、一人でくすくす、にんまりしているのですね。恋人とのやり取りなど、思い浮かべているのでしょう。ここで「春の駅」の季語は、動くように見えますが、「春の駅」だからこそいいのですね。「春」は、万物の発生を意味し、青年期・思春期そして春情を漂わせます。青春が甦りました。

 

秀作賞  

教科書を開く待合室凍てり       岡田 有旦(越前市)

 

 いよいよ今日はテストだ。電車待つ間も惜しんで教科書を開きます。未だ理解できていない個所もあるなぁ。と思った瞬間、凍りつくような寒さが襲ってきます。「なに負けるものか・・これっぽちの寒さ。テストも頑張るぞ! ほら、あったかぁいパステル色の電車の到着だ」

 テストに臨む真剣な姿勢が窺え、リズムの良い佳句に仕上がりました。

 

 

 

 

 

川柳部門  選評    墨崎洋介

 

 第8回北府駅から始まる愛の物語・愛の詩募集の川柳部門には、小中生は応募無し、高校生は552句、一般93句、計645句という、昨年よりも118句も多くの句が集まりました。特に一般の方の応募が増えたのが多くの人に認められた証しとして嬉しく思います。

高校生の句は似たり寄ったりのどんぐりの背比べの感は否めません。しかし、そこからキラリと光る作品、一歩抜き出た表現の句を見つけた時は選者としてこの上ない喜びです。一般の部では、今回はやや低調であったかなと思いました。北府駅から発車した電車をどこまでも自由に走らせて下さい。極端なことを言えば銀河まで飛んで行ってもかまいません。来年は自由奔放に北府駅の電車を走らせて、面白い作品を寄せて下さるよう期待しております。

 

フクラム賞

北府駅春待つ僕ら出逢う場所

                 林 里緒菜(武生商業高校二年)

 通学駅に過ぎないと言えばそれまでだが、青春の悩み、苦しみの交差点には違いない。「春待つ僕ら」という措辞が、希望を期待する心根が感じられて清々しい気持ちにさせられる。無人駅には違いないが、立派な構えの北府駅が、きっと喜んで君たちを見守っていることだろう。

 

優秀賞

 無人駅君と私の秘密基地

                 玉川 真実(武生商業高校三年)

 図らずも前の句で無人駅と述べたが、無人駅といいながらも北府駅は駅名も由緒正しいし、構えだって、そこらの駅には引けを取らない。その北府駅は、秘密基地というからには子ども時代に返ったように無邪気ながらもドキドキとした思いが深い駅なのだろう。いつまでもその純真な想いを大切にして欲しい。

 

 

秀作賞

 ひと電車早いと違う顔に逢う

                 細川 武幸(鯖江市)

 都合で一つ前の電車に乗ると、いつもの顔ぶれと違ってなにか落ち着かない。同じ電車のいつもの顔ぶれは、いわば運命協同体のような親しみを感じる人たちなのだ。もちろん特に気になる人に逢えないのも物足りないのだが・・・。その日は一日が落ちつかない気分だった。

 

秀作賞

 発車ベル暗夜へ消える恋心

                 木戸口 梨華(武生商業高校二年)

 恋を失った傷心を列車の速度がさらに加速させる。現実は非情だが、しかし恋を闇へ葬り去るにはまだまだ時間が要る。そこのところを巧くまとめている。一片の詩にも匹敵する内容を盛り込んでいる。

越前市文化協議会

墨 崎 洋 典(男)sumisaki yousuke  会長    (脚本)

河 合 俊 成(男)kawai tosinari    副会長   (写真)

塚 崎 廣 行(男)tukasaki hiroyuki  理事長   (詩吟)

鶴 来 はつね(女)turuki hatune      副理事長  (日舞)

和 田 てる子(女)wada teruko        文芸教養部長(俳句)

田 中 純 子(女)tanaka junko   事務局 (剣詩舞道)

田 村 佳 子(女)tamura keiko           (琴)

小 川 美 苗(女)ogawa minae                     (琴)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(選考委員)          

   北府駅から始まる 2021

墨 崎 洋 介        《愛の物語・愛の詩》作品集 NO8

和 田 てる子         令和三年三月十五日発行

笠 嶋 賢一郎         編集・発行 北府駅を愛する会 

青 山 雨 子         発行者   竹内 伸幸

千 葉 晃 弘         事務所 越前市国府二ー一二ー七

奥 出 美代子              電話 0778-24-2024

 

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 ーー北府駅を愛する会創立10周年記念ーー 

 第8回北府駅から始まる「愛の物語・愛の詩 募集!」

   〜 駅と電車に残る思い出 〜 

北府駅の駅舎に展示してある、俵万智のエッセイ。

そこには、電車にまつわる彼女の学生時代の切ない思いが綴られています。

そんな電車での物語を、「言葉」に綴ってみませんか・・・・・。

募集要項

【形 式】  詩・短歌・俳句・川柳・散文などの形式は自由

【題 材】  北府駅・福武線電車、旧南越線、旧鯖裏浦線、電車に関する内容

【応募資格】 年齢・性別・国籍問わず       

応募点数に制限なし(ただし未発表のものに限る)       

出品料 無料 [応募方法]  北府駅に設置してある応募箱       

または事務局へメール、FAX、郵送してください

いずれも、住所・氏名・電話番号・年齢・学生の場合は学校名、学年を明記のこと

【応募期間】 2020年12月1日(火) 〜 2021年1月31日(日)

【審査日】  2021年2月上旬〜中旬

【発表】  3月上旬とし入賞者にはハガキにてお知らせいたします

      学生には学校経由でおしらせします      

 入賞者以外の方には連絡しないことをご了承ください

 (選考委員)         

 墨 崎  洋 介 (代表)            

 和 田 てる子         

 笠 嶋 賢一郎         

 青 山 雨 子         

 千 葉 晃 弘 

【表彰式】2021年4月上旬予定・北府駅を愛する会賞(1点)・福井新聞社賞(1点)・フクラム賞(1点)

・武生商工会議所賞(1点)

・福井県詩人懇話会賞(1点)・優秀賞(5点)・秀作賞(10点) ・佳作(数点)

【お問い合わせ・作品送付先】

〒915-0076 越前市国府2-12-7

「北府駅を愛する会」 事務局〈愛の物語・愛の詩〉募集係

TEL:0778-24-2048 FAX:0778-24-2678 Eメール:nagaya-t@

amber.plala.or.jp 個人情報は、「北府駅を愛する会」事務局で管理し、応募作品の問い合わせ、選考の結果通知、また、

公募展の広報・案内のために利用し、それ以外の目的に無断で使用することはありません。

ご返却希望の方は事務局までご連絡ください。主催:北府駅を愛する会 後援:福井新聞社・福井鉄道株式会社・武生商工会議所 ・福井県詩人懇話会 

 

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 第7回北府駅から始まる
  「愛の物語・愛の詩 募集!」〜駅と電車に残る思い出〜

【表彰式】2020年4月4日(土) AM 11時〜

【場所】越前市北府2丁目4 北府駅

  

尚、イベントは新コロナウイルスの影響のため中止といたします。

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 第7回「愛の物語・愛の詩」入賞者

散文部門

福井新聞社賞

 君の電車がきっと来る    三代 美智代(南越前町)

優秀賞

 南越線に消えた淡雪の恋   湧口 やす子(鯖江市)

秀作賞

 夜のフクラム        松原 百奏 (武生東小学校五年)

北府駅に思い出を馳せて   加藤 信子  (越前市)

 葛藤            堀田 泰子 (鯖江市)

 想いを運ぶ         川橋 紗羽 (武生商業高校一年)

佳作

 駅、いまは?        山岸 文男 (越前市)

 電車に揺られ         山? ももこ(武生商業高校二年)

ワンマン          つじ かいり(武生東小学校一年)

 むかしのどうぐ       大森 ゆめあ(武生東小学校二年)

一月一日          大下 まひろ(武生東小学校三年)

イルミネーション      竹内  栞 (武生東小学校四年)

速く走れたら        橋本 拓磨 (武生東小学校五年)

リズム          澤田 アヤ (武生東小学校六年) 

詩部門  

福井県詩人懇話会賞

トンビ          秋山 クィナ(武生東小学校六年)

優秀賞

プラットホーム      宮田 朋季 (武生東小学校六年)

秀作賞

私の愛した京福電車    柾 あずさ (勝山市)

青春列車         小松崎 潤 (所沢市)

 季節           本保  葵 (武生東小学校五年)

佳作

銀河鉄道         山口 真歩 (武生東小学校六年)

幸せ           板倉  萌 (西宮市)

心の旅          大西 真由美(越前市)

変わらない景色      飯塚 朱音 (武生商業高校一年)

はじめまして      いけだ あかり(武生東小学校一年)

外は寒い         真木 優弥 (武生東小学校五年)

真赤な梅の花        高橋 葉月 (武生東小学校五年) 

 

短歌部門

北府駅を愛する会賞  

見おぼえのあるうしろ姿に声かけるふりむいた顔は無人駅みたい

             京谷 龍法 (武生商業高校二年)

優秀賞

おとうさんと電車を見に行って一人でのりたいと思いました

               くろ田 さとし(武生東小学校二年)

秀作賞

掛けようか掛けないでいるこの声が届けたい君一両目まで

               林  夏香(武生商業高校二年)

遮光カーテン全て下ろして電車くる蝉時雨降る西山の駅に

               舘  栄一(越前市)

佳 作

結婚後また君を見る車両から数年前と変わらぬ駅舎

               永坂 琴美 (武生商業高校二年)

君の名は映画と同じその言葉2人のように言えたらいいのに

                 柴田 瑞希 (武生商業高校二年)

いつもきくガタンゴトンも今日だけは私の背中押した気がする

              高田 紗羽 (武生商業高校一年)

車窓より吹きこむ風に汗ひきて人心地つく電車通学は

    佐々木 邦子 (鯖江市)

北ご駅の電車にのっておきなわにいくとちゅう

             林 ひまり(武生東小学校三年)

北府から先頭車輛の左側淡き想いの人は福大

              柳谷 益弘(静岡県駿東郡清水町)          

 卒業は人との別れ不安よな北府トレイン動きます

             柴田 春菜(武生商業高校一年)

 ガタンゴトン見舞いのケーキ持つ姉へ怒り抑えてキッチン掃除

             藤井 覇李惟(武生商業高校二年)

 北府駅子どもの頃にあこがれたあー見て見たい機関車トーマス

             井上 諒祐 (武生商業高校二年)

 ぼくは電車で福井えきできょうりゅうを見たいです 

前川 はやと(武生東小学校四年)

 

 

俳句部門

フクラム賞

北府駅レトロなオーラかもしだす 

佐藤 雅紘 (武生東小学校五年)

優秀賞

名月を仰ぐ終電北府駅

五十嵐 一豊 (鯖江市)

秀作賞

桜の芽また会えるよね北府駅

角所 ほのか (武生東小学校六年)

またの日を約する駅に片時雨

佐々木 邦子 (鯖江市)

佳 作

 きたごえき春はさくらが色どるよ

              出川 ひより (武生東小学校二年)

北府駅そこから始まる物語     

          石川 あや人 (武生東小学校四年)

フクラム車赤ちゃんもねるゆれごこち

              廣田 夏希(武生東小学校五年)

 初旅や福鉄えち鉄乗り継いで

              中野 学 (鯖江市)

 沿線の桜見ながら缶コーヒー

              加藤 信子(越前市)

 十五の春まだ出し慣れぬ定期券

              山本 博子(越前市)

 寒灯やホームの曲る北府駅

              岡田 有峰(越前市)

川柳部門

武生商工会議所賞 

 揺れる電車壁ドンで君守るぼく

               細川 武幸(鯖江市)

優秀賞

 駆落ちを北府桜は黙秘する

               巽  俊一(鯖江市)

秀作賞

「駅で会おう」それから君を見ていない

              坂下 渚月(武生商業高校二年)

 廃線を辿り訪ねる五箇の郷

             野尻 茂信 (鯖江市)

佳 作

帰り道電車が会話横切るよ

              三田村 美佑 (武生商業高校二年)

 二人きりこのまま電車来ないでよ

山本 夏鈴  (武生商業高校二年)

 窓越しに口(くち)パクで言うまた明日

            村井 笑音 (武生商業高校二年)

 サラダ日記小脇に今朝も木の駅舎

            嶋田 富士雄 (鯖江市)

 北府駅祖母が言ってたかわらないもの

              加藤 ひかる (武生商業高校一年) 

 減らないで!!車両本数・髪・給料!!

             佐野 弘美 (越前市)

 

 

君の電車がきっと来る

                          三代 美智代(南越前町)

 

「お母さん、キーボがきたよ!」

元気いっぱいの君の声がプラットホームに響く。いったい何回、何十回、いや何百回、ここへ通ったことだろう。

君が学校へ行かなくなってもう一年と半年が過ぎた。初めは、君の思いが理解できず、心がすれ違い、お互いが辛い日々の連続。心が荒れ外出を嫌がる君が、唯一行きたがったのが、この『北府駅』。

「お母さん、早く早く!レトラムが行っちゃうよ!」

 太陽がギラギラと照り付ける暑い夏も、指先が凍えて痛む寒い冬も、君とこのホームで次に来る電車を待つ。古びた木のベンチに並んで。ある日は、無言で、ある日は、ぽつりぽつりと会話しながら、ただただ、次に来る電車を待つ時間。静かで穏やかな時間。

 平日に親子でずっとホームにいる姿は、よその人達からは、どんなふうに映っているのだろう。

 いかにも人のよさそうな老夫婦に

「僕、何年生?」

と笑顔で声をかけられる。

「十歳。」

聞こえるか聞こえないかギリギリの小声で答える君。学校に行ってない罪悪感からか、『五年生』と答えられないんだね。別に悪い事してるんじゃないから、胸張って堂々としてていいんだよ。そう君に伝えたい思いより先に、何故か涙が溢れそうになり、君に涙を見られないようにホームの花壇の日日草に目をやる。

 向いのホームに、年配の男性に連れられた君と同じような年頃の少年が電車を待っている。あの少年も君と同じで学校に行っていないのかな?君と同じように、悩んでるのかな?心の中で、いっぱいおしゃべりしてる。

 私たち親子の思いを知っているのか、知らないのか、この駅は私たちを大歓迎してくれるわけでもなく、かといって拒否もせず、いつも同じように普通にただそこにある。そうまるで空気のように。

「お母さん、今日は、僕一人で越前武生駅まで乗って北府駅まで帰ってみる!」

往復分の電車代をしっかりと握りしめ、ほんのひと駅隣へ行って帰ってくるだけの一人旅。カンカンカンカンと鳴り響く踏切の音。君が乗る電車が、もうそこまで来ている。小さな旅だけど、引っ込み思案の君にとっては大きな挑戦!

「がんばれ!応援してるよ!」

一緒について行きたいけど、心配性の親は卒業だ!

君は、誇らしげに二十分後に北府駅に帰って来た。かなり前向きな君に変身して・・・・・・

 今まで君はきっと、みんなが同じように乗る『人生の電車』に乗れず、何本もの電車を見送ったのかもしれない。乗れなかったのか?それとも自分の意思で乗らなかったのか?みんなに先を越されるような、置いて行かれるような不安な気持ちと、次の電車こそは自分も乗れるのではないかとの期待感を抱きながら、いつもここで電車を待っている。君の進む方向にレールは敷かれていないのではないかと心配する母の思いを打ち消すように、次の電車が来たことを知らせる踏切の音が、鳴り響く。

 明日は、初雪が降るらしい。これからもまた、君とこの駅で電車を待つ日々は続きそうだ。去年は、寒い寒い駅だったけれど、何故か今年の北府駅はほっこりと温かい気がする。ここへ初めて来た頃は、あんなに苦しく辛い思いだったのに、今は違う。さくら色やオレンジ色のカラフルなフクラムを見ると、なぜか心がワクワクする。もしかすると、人生だってこんなふうに人それぞれカラーが違うのかもしれない。君には君だけのオリジナルカラーがあるのだ。こうして君と一緒に電車を待つ時間が、かけがえのないとても大切な時間なのだ。

 君が乗る電車はきっとゆっくりゆっくりとやって来る。いろんな駅を通過していろんな景色を楽しみながら・・・・・・みんなと違ってゆっくりだから、きっと電車の旅が何倍も楽しめるはず。

 『北府駅発』、『幸福駅行き』あるいは『夢の駅行き』それとも・・・・・・母が君の幸せを祈る数だけ、終点は無限にある。君が本当に乗りたい電車が来たら、その時は、この駅からとびっきりの笑顔で旅立ってほしい。そして母も、最高の笑顔で見送りたい。精いっぱいのエールを贈りながら。そんな日がいつか必ず来ることを信じて、今日も君と電車を待つ。この駅で・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南越線に消えた淡雪の恋

                       湧口 やす子(鯖江市)

 

セーラー服に風呂敷包みを一つ持ち、私は母と一緒に車中の人となった。

三里山の麓の猫の額ほどの斜面に、二十軒ほどの町営住宅が建てられていた。谷山町と呼ばれ、自然豊かな野山で子供時代はのびのび育った。ゆるい傾斜地から東に下ると、南越線の粟田部駅に出る。

日野山を正面に仰ぐのどかな山麓を、ガタゴトとゆっくり走る振動が気持よく、日野山に対峙していて飽きることがない。眺めているだけで幸せな時間が流れる。

電車に乗ることは、一大イベントであった。隣駅の五分市の御本山のお寄りに行ったりする事が、子供の頃の贅沢な楽しみだった。

今日は、西鯖江にある会社への入社式に向かう為、母と出掛けていた。

福武口で降りようとしたその時、

「これ忘れ物でありませんか」との声に振りむくと、学生帽の青年が立っていた。私の座っていた所に落ちていたと言う。

 丁寧にお礼を言って、西鯖江に向かう。武生新から西鯖江までは、急行で一駅だ。

 私は、この春定時制高校に入り、西鯖江にある会社に入社し、入寮の予定だった。入社式も滞りなく済ませ、勤労学生の第一歩を踏み出したのだった。夏休みや冬休みは自宅の粟田部から南越線、福武線を乗り継いでの電車通学をし、満員電車に揺られながらも楽しい時間を過ごした。

 年が明けて正月、中学のクラス会があった。南越中学校三年二組のクラス会の日だった。徒歩で向かっていた私は、時間に間に合いそうもなかった。その時、後ろから、

「この間の人だね。ほら電車の中で」と、

忘れ物を拾ってくれたあの学生さんが、にこやかな笑顔で追いかけてきた。何と偶然の出逢い。私は思わず、

「クラス会に間に合わないの、自電車の後ろに乗せて送ってくれない?」と、ちゃっかり頼んでしまった。自転車の二人乗りで、フラフラしながら南越中の前にたどり着き、別れ際に、「手紙出してもいいかい、住所教えてよ」と、断わる理由もなかったので、住所を交換した。

 それから、京都と鯖江の一ヶ月に一度の文通が始まった。

 初めての異性との文通、しかも憧れの京都の大学生、夢み心地で手紙を書いた。誰にも言えないけれど、心の中にほんわかとした、淡い恋の期待が芽生えて、心の奥深くに温かい火が点いた。そのうち、文通は姓ではなく名前で呼び合う形に変わっていった。やすこと初めて呼ばれる事に、まるで、恋人にでもなったように幸せを、かみしめていた。

 何ヶ月か経ったある日、私は相手の名前の下に「〇〇兄(・・)さん(・・)へ」と付けて、手紙を出してしまった。多感な年頃の青年は、この言葉一つで、私の移り気な気持を見抜いてしまった。次に来た手紙には、悲しい言葉で、

「虚しい気がしたよ、他に誰か好きな人がいるんだね」「もう、さよならしよう」と書かれていた。会社の仕事中に受け取った手紙だ。彼が、春休みで家に帰っていると聞いて、仕事中に家に電話して、会社を抜け出し、福武線に飛び乗った。粟田部の岡太神社の境内で逢う約束をしたのだった。

 電車の走りの遅い事。ガタン、ゴトン。私の心もガタン、ゴトン。南越線に乗り変えても、またスピードは遅い。大きな日野の山は霞んで見えなかった。山もきっと、彼の心と同じで泣いているんだろうと思った。

 岡太神社の奥殿の玉垣の前で、氷雨は淡雪に変わり、傘も持たずに飛び出してきた私のオーバーに降りかかると音もなく溶けていった。どれほど時間が経ったのだろう。雪を見上げていると、ずんずん身体が上に昇って行くような、錯覚にとらわれた。

 彼は来た。家はすぐ近くだ。綿入れの袢纏(はんてん)にサンダルばきだった。

 涙いっぱい浮かべて「元に戻りたい」と、訴える私に、長い沈黙のあと、私の手のひらに小さなキーホルダーを載せ、握らせると、

「君にあげようと思って、買ってきたんだ」

それから、

「僕も父が決めた人がいるんだ」と、小さく言った。

 もう取り返せない自分に気づき、泪で道は見えないけれど、粟田部図書館裏の自宅に帰った。泣きながら、突然帰って来た娘に、母は驚き、長い時間をかけて、ぽつりぽつりと話しだした。

 「どっちにしても、お大尽の息子さん、うちとはどうにもならないよ」と、母は背中を長いことさすってくれた。彼の家は町でも老舗の商家だった。

 春先の淡雪が溶けるように、私の淡い恋は一瞬にして消えてしまった。

 私も一児の親となり、実家に戻った時、家の裏に、大きな家を建て、その方が住んでいると母から聞かされた。子供の頃、大きな氷室があったという場所だ。お嫁さんは機屋のお嬢さんだという。窓から盗みして、人影を伺ったりしたけれど、何という奇遇な縁だろう。

 今は、もう廃線になってしまったけれど、私の青春そのものだった南越線、日野の山裾を走るたおやかな走りは、私の心に今も息づいている。七十歳を越えて、なお、暖かい思い出を彷彿とさせてくれる。

 この大切な景色が、鯖江の自宅付近を走る新幹線のトンネル、橋脚に遮られて、何とも味気ない風景に変わりつつあるのは、悲しい限りである。

 

 

夜のフクラム

                     松原百奏(武生東小学校五年)

 

 ピアノレッスンの後、車で夜道を走っていた。すると、真っ暗な夜道にぽっと明かりが見えた。その明かりは、私が乗っている車と平行に動いた。

それは、日野川の水の上を走っているように見えた夜のフクラムだった。

フクラムは、なんてなめらかな動きなんだろう。今、私がピアノで苦労しているなめらかなレガードの弾き方みたいだ。

そして、フクラムは、今にも夜空にまい上がりそうだっだ。銀河鉄道のように、いっぱい夢をのせた夜のフクラム。

お姉ちゃんとピアノで、中田喜直さん作曲の「汽車は走るよ」を連弾した。夜のフクラムがなめらかに夜空を走っていくのを、思い浮かべて楽しく演奏できた。

私も、いっぱい夢をふくらませてやさしい音色を奏でるピアニストになりたいな。

 

 

北府駅に思いを馳せて

                       加藤 信子(越前市)

 

あれは何才頃だったろうか。母の実家へ藪入りとか称して行ったのは。蛭子(えびす)町から母の姉といとこと母と私。砂利道で結構遠いなと今思うのだが新しい下駄で黒塗りの赤い鼻緒、京の舞妓さんの履く下駄の小さいのだ。中に鈴もついていた。母はいつも新しい可愛いい花模様の洋服を着せてくれる。それが嬉しく又電車に乗るのもそれ以上に嬉しかった。何しろ自動車なんて全くといっていいほどみかけず自転車もなかった。でも母と行くのが嬉しくて大燥(はしゃぎ)だった。以前は西武生駅といった。駅には売店がありアイスキャンデーを買ってもらう。改札口は頑丈(がんじょう)な木で作られていた。そこへ二人が乗ってブラブラさせて遊んだ。改札口は女の人がキップをパチンと切ってくれて持たせてくれた。上鯖江は家久の次ですぐ降りるのが不満だった。上鯖江の駅にも五、六人は駅員がいた。

駅から出て百米?程行くと山を削った道があり、その両側は防空壕が掘ってあり、両端に六個位あった。竹藪が繁っていて道に被(ふ)さりうす暗く気持悪く走っていた。しばらく行くと酒伊繊維ののこぎり状の工場がずーと続いていた。昔は村の女(ひと)は殆どここへ機織りに来たそうだ。線路を越えれば一本道。ずっと田んぼで家もなく草のはえた細一本道。今思えば荷車だけの道だったみたい。イナゴがピョンピヨンと飛び体についたり道にもいっぱいだった。村にはきれいな川がありめだかが群れていて子供達は魚を取ったり泳いだ。今みれば狭くて浅くて水量もなくこんなところでどうやって泳いだのだろう。魚の姿もない。実家の前にはおしょうずといわれ一年中水が滾滾(こんこん)とわき出ている。深い井戸には西瓜、きんかん瓜、トマト、きゅうりなど冷やしされていて西瓜やウリをたべるのが嬉しかった。あの頃ビールなんてなかったのかなあー。大人4人子供7人程兄嫁さんは食事ごしらえが大変だったろうに、いつも笑顔で私達に接してくれていた。姑はそんな年でもないのに何の世話もせずごろごろ寝ていたみたい。昔の姑は威張っていたのかな。今とは雲泥の差だ。姑といって母の母だから私の祖母ということだ。が私が母の実家にいって祖母より菓子一つ、飴玉ひとつ貰ったことなく、祖母らしい言葉をかけてもらった記憶もない。何しろ母は十三女でもうどうでもよい飽きた娘でその孫なんか本当にそこにいたのかという感じだったろう。むしろ兄嫁の方が「よう来たのー信子ちゃん」と言ってくれた。母が八十過ぎても墓参りなどいったのもやはり兄嫁さんが優しかったからだろう。母も「おかあさんは厳しかった。田んぼ買うのに一所懸命で娘は皆機織に行かせ賃金は田んぼにした」といっていた。十二番目のたった一人の息子のために。でも戦後の農地開放で小作人も田んぼをもらって一緒になってしまい悔しかっただろう。

中学の頃北府本町へ引越し、父母は自営業を始めた。その頃より北府駅は馴染みの駅となり、電車は家の後を通った。結婚して長男が生まれ最初の言葉「まんまの次がでんちゃ!!」だった。電車の音で「でんちゃ!!でんちゃ!!」と人差し指で窓の外を指さして大きな目で私もみるようにいうのだ。とても可愛いくて主人も私も今でも「あの時でんちゃ!!でんちゃ!!といったなあ」と思いを馳せる・・・・・・。

現在は大屋にいるが北府本町にいた頃は私も主人も若く子供も小さかった。懐かしい思い出でいっぱいだ。

これも北府駅の愛の物語だろうか。               終

 

葛 藤

堀田 泰子(鯖江市)

 

若かった日、彼の人生の通過点の一こまにいた、あの日の女性。自分だけの胸に秘めた出来事にかかわった一人の女性を思い出す。彼女は元気にしているだろうか。

 

あの頃、もうバブル期に差し掛かって、都会の繁栄とともに、地方は確かにさびれかかっていた。人が減っただけでなく、モータリーゼーションの発達もあって、人がほとんど電車に乗らなくなってしまっていたのだ。

陶の谷駅を過ぎると、電車の軌道はほぼ直角に右折して急こう配の坂道にさしかかる。車体が大きく傾いた。寒い車内灯が少し傾いて影がゆれた。山岳鉄道として知られている電車が揺れるのはやむを得ないことだ。

先ほどの駅で数人が下車したので、広い車内にはずっと後ろの方の席に乗客が一人になってしまった。毎日のことだ。九時すぎにこんな田舎に帰っていく人がそんなに多いはずもない。薄暗いので、運転席からはうまく見通せないが、また今夜も座っているのは、自分と同じぐらいの年齢に見える一人の女性である。四キロ先の駅で「その人」が降りれば、もう今日の乗客はいなくなる。

四キロ先の駅まで走って、黙ってその女性を降ろせば、自分の任務は終わる。会社の規定通りにやればいいのだ。それだけのことだ。悩むことは何もない。今夜は終点の織田で仮眠をとって、あす一番で水落まで走ればいい。だが、正面を凝視しながら、彼は何かを思い悩む。日の短くなる冬に差しかかって、悩みは一層深まっている。

一か月ほど前から、その女性は水落駅で乗り込んで、陶の谷の次の樫津駅で降りる。九時過ぎの山の中の駅は無人でその周辺にも、もちろん誰もいない。真っ暗になった田舎道を、一人で帰っていくのだろう。彼は、女性の家が樫津駅のすぐ近くにあるのだろうと思い込んでいた。痴漢が出るなどという噂は十年前にはあったらしいが、今やとうの昔の話になっている。それでも、この季節に女が一人で暗い山道同然のところを歩くのを、黙って見ているのが辛い、彼の性格だった。

その上、彼は見てしまったのだ。

ついこの間のことだった。彼は終電車で織田まで行って仮眠し、朝一番に水落駅に向かって走っていた。陶の谷駅と樫津駅の間は急な上り坂になっている。ちょうど中間あたりの集落を通りかかったときに、線路わきの小さな家からあたふたと出てきたのが、あの女性だった。痩せていていかにも薄幸そうに見えた。寒そうにオーバーの襟を立てて、大急ぎで下の方に向かって歩き始めた。

〈こんなところに住んでいたのか、霜の降りた道は滑りやすくはないだろうか〉

駅まで二キロもある。自転車に乗ろうにも、ここは急こう配なので歩いたほうが楽なのだろう。多分、昨夜の疲れで今朝は起きられなかったのか、どんなに急いでも陶の谷駅で乗るには遅すぎた。これから仕事に行くのなら、職場で叱られることだろう。彼は自分に起きたことに重ねて、そんなことで解雇されたりしなければいいが、と念じる気持ちになる。まさか電車の速度を落とすわけにはいかない。

四十歳を超えて、解雇同然の形で小さな会社をやめた悔しい思いがよみがえった。

二十年以上も職工としてまじめに働いてきたのに、この社会は不条理だと彼は思う。

彼は自分が他人にからかわれる存在であることはわかっていた。子どものころから、とくに成績が悪かったわけではなかったが、生まれつき右のあごの下に小さなアザがあって、それがからかいの種であった。悪童たちは、アザをもじったあだ名をつけて、はやした。貧しかったけれども、両親は何とかしてそのアザを取ろうとして、県外の医療機関まで連れて行ってくれたが、どうしても取り除けなかった。それを意地悪くからかった。言う方は大した悪意はなかっただろうが、からかわれる身には、いつもそれがこたえていた。かといって、生まれつき優しい性質の彼は、開き直って殴りかかるほどの覇気を持たなかった。いきおい、片隅に縮こまっている少年になった。

父親が早くに亡くなり、母一人子一人の侘しい生活になっていたこともあり、職業を選ぶという贅沢は許されず、地元の小さな眼鏡工場に勤めることにした。眼鏡の部品である「うで」をハンダ付けする、いわゆるローづけの職人として、何とか親子二人の口を糊することができた。生まれつき不器用ではあったけれども、真面目さと慣れというものが彼の仕事を支えてくれた。しかし、顔面の小さなアザはどこまでも彼についてまわり、縁談が持ち上がっても、いつも向こうから断られてしまった。

アザのことをからかわれることもあったがもうそれには慣れていたので、気にもしないでただ黙々と仕事をこなしていた。ところが、そんな彼をおとなしいと侮ったのか、後から入社した社長の親族の男は、自分が作った不良品を彼のせいにしてごまかし始めた。知らぬ間に取り換えられていた。親族の男に何度か抗弁したのが疎まれて、かえって追い詰められ会社を退くことになった。社長はそのことを良くわかっていたはずなのに、その親族から借金でもしていたのか、善処することはしなかった。老いた母親を養わなければならない。財産というほどの田畑も持たない彼は、仕事を無くして途方にくれた。

ただ、社長はよくよく済まないと思ったらしく、退社理由を自己都合にはしなかったので、失業保険が貰えそれで食いつなぎハローワークに通った。眼鏡会社は他にもあるし、ローづけの技術は身についているので、それを活かすこともできたが、親族経営のような小さい会社の処遇には懲りていて、今度は別の仕事を選ばなければ駄目だと思った。

ハローワークの職員は、彼の実直な性格をよく観察したと見えて、電車の運転手の仕事を斡旋してくれた。見るからに篤実そうなようすなので、落ち着いて確実な仕事をやる人とふんだに違いない。なんでも、定年を前にした人が突然辞めたらしく、急な人材募集があるということであった。

半年の訓練を経て、彼は転職することができた。やってみると、あんがい電車の運転はスムーズに出来、順調に働いていた。ただ、突然線路に飛び出す人や車がないかという心配はあった。これまでに一度だけ、あやうく轢いてしまいそうになったことがある。同僚は、そんなときには裁判所へ行かなくてはならないといった。また、山岳鉄道とも呼ばれる路線なので速度は遅いけれども、巨石が転がり落ちてくる危険もあった。その他、細かい注意事項はいくつかある。大衆を載せて走る以上は、それに伴う規則がある。発車や停止時刻などの細則をきちんと守ることは大切で、指さし確認などは一見無駄な動作のようだが、確実にやらなければならない。会社を維持する側としては、規則順守を求めるのが当然のことである。

前任者の黒川さんが、定年以前に退職したことは聞いていたが、その理由については誰も言ってくれなかった。何か、規則違反でもやったのか、それはどんなことだろうとちらっと思ったが、自分とはかかわりのないことなので、誰かに尋ねることもなかった。

が、ある時、同僚たちの雑談の中に不意にその話題が出てきた。

「黒川流をやればもうかるんだけど」

「お前、大丈夫か」

「お前こそ危ないことやっていないだろうな。下手したらクビやぞ」

「ワンマンだからな」

「黒川さん、どうしているかなあ」

「年金はまだだし。日雇いにでも行っているんではないのかな」

「まじめな人やったがね」

「なんでも奥さんの具合が悪かったらしいよ」

「そりゃ大変だな」

「会社も少し厳しすぎたんじゃないか」

彼らは冗談めいて話していたが、傍に彼がいることに気づいて急に黙った。彼らも、なんで辞めたのか、なんとなくわかっているふうで、詳しいことは知らないようだった。

黒川流? もうかる?ワンマン?何のことだろう。黒川さんは、何か不正なことをして儲けたのか。ワンマンって、一人乗車の運転のことを指しているのだろうが、それがなんだというのか。黒川さんは、奥さんの病気のせいで、正常な勤務ができず会社を辞めさせられたのだと思いたかった。

人付き合いも不器用な彼には、何でも話せる同僚はいなかったので、自分が見落としをしている規則がないものか、最初に説明を受けた規則集を、もう一度読みなおしてみた。

「赤信号と駅以外のところでは勝手に停車させてはならない」とある。それをすれば助かる人がいることは容易に想像できる。ワンマン電車なのでやろうと思えばできる。だが、そんなことで儲かるだろうか。どうすれば余分に儲かるのか、それを念頭に置いてみた。

「切符を渡さずに金だけ受け取って乗せてはいけない」ともある。内緒で運賃を取る。それをやり始めたら、さまざまな客から勝手な要望が出るに違いない。けじめがつかなくなってしまうからどうもそれは現実的でない。彼はそのたぐいの不正とは無縁の性格だ、解雇されるようなことは決してしない自信があった。

電車の運転はさして難しいことではないが、勤務時間が少し不規則なので、慣れないうちは結構きつかった。それでも半年もたてばシフトに慣れてきて、つい気が緩むこともあった。彼は、一度辞めさせられて苦しんだ経験があるので、二度と同じ思いはしたくない。気を引き締め直すのだ、慎重に慎重にと自分に言い聞かせ働いていた。自分一人なら何をしてでも生きていけるが、老母のことを考えると、浮わついたことをやるわけにはいかない。

 

朝一番の電車に乗り込んでくるあの女性は、相変らず終電車で帰っていく。あんなに朝早くから、終電車まで働かせるなんてかなりひどい会社ではなかろうか。だんだん冬が近づいて来ると、女性が樫津駅で降りる時間帯には、もう真夜中のような暗さになって来た。その年はことに冬の訪れが早く、そのことが気にかかっていた。

 

その日は早朝出勤で、後は非番だった。家のそばの小さな畑で野菜などを栽培している年老いた母親は、齢とともに体の不具合を訴えるようになっていた。最近はことに腰が痛いというので、少し離れた成人病専門の医院へ連れて行き、リハビリに通っていた。母親が理学療法士の治療を受けている間、彼は備え付けの新聞を読んでいた。処置室の中には数人の患者たちがそれぞれの治療を受けていて、待合室にも数人が待っていた。三十分ほどの治療が終わるころには、短い初冬のことで、外はもうかなり暗くなっていた。

もう誰も来ないと思っていた待合室のドアを開けて女性が一人入ってきた。そこにいた五十がらみの車椅子の男に向かって「遅くなってごめんね。会社が忙しくて」といっている。その声があまりに辛そうなので、つい顔を眺めると、電車であう例の女性ではないか。髪の様子も服装も、間違いなくあの人だった。ふたりはどうも夫婦らしい。

車椅子の男は、何かぶつぶつと文句を言っているらしかった。

彼女はまた繰り返し謝りながら、「これでも、残業を頼まれたんだけど、少だけして許してもらい帰ってきたんです、ごめんなさい」

それでも男の方は、声は低いのだが、かなりきつい調子で怒っている。彼女は周囲を気にする様子で、処置室の中に入っていった。

どうも男は入院していて、この時間にリハビリに入るらしい。その介助のために妻が必要なのだろうか。そんなことは看護師の仕事だろうに、残業をやめてまでかけつけなければならないものだろうか。処置室の中に入っても、男の何やらぶつぶついう低い声が響いていた。一体何を怒るのだろう、夫は妻に対して無遠慮に感情をぶつけている。男が気まま放題を言って妻がそれを受け止め、じっと耐えている様子に不憫さを感じた。

夫婦とはそんなものなのか。独身で生きてきた彼には、彼等の関係を理解しがたいと思った。あの線路わきの小さな家には、他に誰も住んでいないのだろうか。妻はこれから夫の介助をし、それから水落駅に駆けつけて終電車に乗り、あの暗い山道をひとりで帰っていく。そのことだけでも大変だなと思った。彼はしばし考え込んだ。

そんなことがあってから数日後のことである。初冬の、あられ交じりの雨が降りしきる夜更けだった。

彼はローテーションで終電車に乗っていた。こんな氷雨の夜更けの電車に彼女が乗ってこないことを、内心祈っていた。樫津駅から遠い道のりの、しかも夜道を歩いていくことを思うと、腹の中が冷えていくような侘しさと気の毒さを感じるのだ。

水落駅で三十人ほどの乗客があり、途中乗り降りも多少あって、終点に向かい徐々に客は減っていった。ふだんは客の安全だけを考えて運転しているのだが、今日は彼女がいるのかどうか、そればかりが気にかかっていた。幸い姿は見えなかった。しかし、陶の谷駅で五人の客が連れ立って降りてしまうと、電車の最後尾に彼女が俯いて座っているのが目に入った。居眠りでもしているように見えた。疲れているに違いない。樫津駅で手を上げなかったら起こさなくてはなるまいと思った。

ゴトンと電車が動き出した。自分で動かしているのに、その動きが恨めしい。止まってくれればいいと思った。わずかな時間が、彼にはとてつもなく長く感じられた。あられまじりの氷雨の音が一段と高まった。

いよいよ、彼女の家の前あたりに差し掛かった。彼はバックミラーを見た。やはり居眠りをしているようだ。

人気のない暗い二キロの道をひとりで帰って行くのを見ているのは不憫だ.だが、このまま通り過ぎれば自分は安泰でいられる、普段のように何も考えず運転していれば何のお咎めもないのだ。解っている、だが、その前にすでに、もう一方の心が交錯してざわめいていた。〈それで気が済むのか〉いや、それが本心ではないのを彼自身が一番知っている。

〈どうしよう〉真逆の二つの思いが激しく渦巻いていた。時間にすれば一瞬の間だろう。

 その時突然彼女が、腰を痛めている母親にダブって見えてきた。

ガッタン、

電車が止まった。いやに大きな音に聞こえた。

彼は意を決して気持ちをまとめたのではなかった。気がついたら止めていたのだ。

ドアを開ける。そして線路に飛び降りた。足場になる石は置かれていないから、飛び降りるしかなかった。細かいあられが顔を打った。電車の前面まで行って、しばらく立ち止まった。周囲の崖から冷気が忍び寄ってきた。それを振り払うようにして、彼は嘘をつくことに決め、ゆっくりと車内に戻った。

彼女がびっくりしたような顔でこちらを見ていた。わざと落ち着いた声で、しかも事務的な口調で話した。

「いやあ、ちょっとしたアクシデントでね。崖から石ころが落ちて、線路をふさいでいたもんでね」

きょとんとしている彼女にさらに言った。

「もうお客は誰もいないし、あんたの家はこの近くでないの。もし近くなら、ここで降りてもいいよ」

彼の嘘に気づいていない様子だ。幸い、途中で止めたら違反だということすら知らないに違いない。顔がこわばっているかも知れないが、そ知らぬ顔で通そう。もし、ばれても落石を取り除いたのだと言い張るつもりだった。誰も見ていないのだから、絶対にばれない。

彼女はゆっくりと立ち上がった。

「飛び降りるのは危ないから、俺の手につかまってくれ」

彼の手につかまって、霰の中に降り立ち、すぐに傘を広げる。

「早く帰りなさい。寒いよ」

ここに至って、ようやく彼の意図を汲んだ様子だった。

「ごめんなさい」

小さくつぶやいて、土手の下に降りた。そしてこちらを向いて、一度頭を下げて、そそくさと去っていった。その後の様子までじっくりと見ている余裕はなく、彼は急いで電車を走らせた。あられが一段と激しく窓を叩いた。

自分の善意が、規則違反をしてしまった。哀れな様子を見過すことが出来ず、ついに情に負けてしまった。それから、黒川という人にとった厳しすぎると言っていた会社の態度のことを考えて怯えた。あの時は、彼女と自分以外には誰も見ていなかった。当人が告げ口をするとは考えにくい。自分さえ口を拭っていれば、ばれずに済むはずだ。だが小心者の彼は悩んだ。もしばれたらどうしよう。晩酌も楽しまずうつうつ考えている様子に母親が心配して尋ねてくれたが、ちょっと疲れただけだ、といった。

誰にも言うまいと決めた以上、知らん顔を通すのだと、いよいよ心に誓うのだった。

一週間後にはまた終電車に乗るローテーションになっている。もう一度あの手を使えるだろうか。もし使ったらどうなるだろうか。

ぐちぐちと妻を叱っていた車椅子の男が退院してくれていたら、彼女が夜遅くなることはなく、問題は解消する。〈退院していてくれ〉

 

そんな引くに引けない立場に置かれた一兵士のことを書いた小説を読んだことがある。

「南方の戦場で、何かの拍子に倒れて意識を失っていた男が、ふと気づいてみると、目の前に若いアメリカ兵が銃を構えて近づいてくる。相手はこちらの存在に気づいていない。至近距離だから、どんなに下手な射手といえども一発でしとめられる。撃つか、撃たないか。戦争というものは個人的な恨みがあるわけではない。ここで撃ったところで個人的には何の意味もない。撃たなければ「アメリカ人の妻が喜ぶだろう」と兵士は考える。が、撃たななかったことを知られれば、多分軍法会議にかけられるだろう。明らかに軍規違反だ。撃つか、撃たないか。切羽詰まった逡巡のあげく、その兵士は撃たなかった。」

その時兵士の中ではもう軍人かどうかという意識はなかった。撃たないことを選んだ瞬間、一人の素の人間になっていたのだ、と彼は思った。

彼もあの場面で、電車を止めるか止めないか、それは会社員かどうかというより、人としての思いに従ったのだ。だが、それを何度も何度も続ければ嘘もついにばれて、簡単に事は済まなくなってしまうだろう。

〈どうか退院していてくれ〉

一週間、彼は祈りながら悩み続けた。もっと気楽な機械相手の仕事だってあったはずではないか。こんな場合、先輩の同僚たちはどうしているのか、聞きたかったけれども、そんなことをしてばれてしまっては元も子も無くなってしまう、黙っているのだ。

彼は必至で堪えた。こんなやるせない判断をせまられる仕事を選んだ自分が恨めしい。その一週間が、とてつもなく長く感じたのを今も覚えている。

長い勤務の間には、運転している自分の事情をよそに、行く先がわからなくなった痴呆の老人や、大きいトランクを持ち家出をしようとしていた娘さんなど、様々な乗客が乗り降りし、いろいろな人生が乗り降りして行った。

 

新しい年号になった令和の冬、地球の温暖化がさかんに言われていて、温かい日が続いている。北陸の山村に暮すものにはとても有難い。

(それにしても、あの冬は寒かった)

 明るい音を立てて走って行く電車を見て、ふと、自分が運転をしていたあの日の女性のことが脳裏をよぎった。車椅子の夫はその後退院し、危い状況になるところを無事通過することが出来た。

良くも悪くも、耐えている人を見ると揺り動かされる自分の性格と、うっかり情をさし挟めば崩れそうになる社会とのはざまで悩んだ日があった。避けられない不測のことがおき、黒川さんのような不幸に遭っていたなら、違う方向へ流されていたかもしれない。 自分は運が良くてここまで来られたのだと思う。

その後どうにか無事に勤めあげることができたお蔭で今は細々ながら穏やかな年金生活を送っている。その後も悩みはあったものの、少しも苦しみのない人生よりは深く生きられたと、現役の頃を懐かしく思い出す。

夫に仕え、寒い夜遅くに電車で帰宅していた女性も自分と同じく幾十年の歳月を、一生懸命に生きて来たに違いない。諸々の不条理を乗り越えて静かな老境に入り、今は幸せに暮しているだろう。

春になって桜が咲いたら、かつて自分が働いていた道を辿って陶芸村へ花見に行こう。

 道すがらあの女性の様子を見られたら嬉しいものだ。楽しみに春を待つとしよう。

 

 

 

 

 

思いを運ぶ

              川橋 紗羽(武生商業高校一年)

 

これは、私がまだ小学生だった時の話だ。私は母と二人で福井市のベルへ買い物に行った。雑貨屋さんに入ると、小物を手に取っては「可愛い」と目を輝かせている母がいた。しかし母は何も買わなかった。いつも、自分の欲しい物ではなく、私達の爲に物を買うのだ。もうすぐ母の誕生日。私は、母を喜ばせるために、可愛い雑貨を買いにもう一度ここに来ようと決めた。その日から、お手伝いをしてお金を貯めた。

 あとは買いに行くだけ、一人でベルまで行くには電車に乗るしかない。しかし、幼かった私は一人で電車に乗ったことなどなかった。不安でいっぱいだったが、どうしても母にプレゼントしたい、その思いで駅へ向かった。福武線電車、乗るのも初めてだった。切符の買い方など全く分からない。そんな時、駅員さんが優しい声を掛けてくれた。駅員さんに感謝しながら電車に乗ると、そこにはたくさんの人がいた。小さい子からお年寄りまで様々だ。思い返してみるとそこには、どこかへ出掛ける人、家に帰る人、誰かに会いに行く人、いろんな人がいろんな思いで電車に乗っていたと思う。

 そして、この電車は目的地まで、私達の思いも運んでくれているのだと感じた。想いが詰まった電車が、これからもたくさんの人の想いを安全に運んでほしいと、私はそう願っている。

 

 

駅、いまは?

              山岸 文男(越前市)

 

 私は、小さい頃、電車が好きだった。

 たまに福井に行くことがあると、いつも運転士の後ろの手摺りにつかまって、終点まで見ていた。それがただ楽しかった。

 いま孫は、走り去る電車も好きである。お気に入りは、北府駅から家久スポーツ公園駅、家久駅が何となく気に入っているように見える。特に、上下線が短い間に交互に走るとなお、興奮度が増えているように映る。

 北府駅を出て、武生新に向う踏切のカーブも魅力なようである。特に車体が傾いた状態で来るのに目を凝らして見つめている。

 私が、高校生の頃、この電車で通学する一人の女学生に好意を抱いた。誘われるように、当時の西武生駅から乗り、家久で下り、そのまま歩いて帰ったたびたびの思い出がある。そのためか、その頃、成績も急降下していくほどであった。しかし、実らぬままに卒業を迎えていまに至り、五十年余を経ている。いまも消えることなく、この駅に来ると、当時の淡い一時(ひととき)が思い出される。あのことがなければとの後悔はない。

 最近は、カメラを手に電車を乗り下りする同年輩を見る。駅に入ってくるところと、停車しているところに盛んにシャッターを切っている。

「楽しそうですね」と声を掛けると、

「えぇ、気ままにやっています」と嬉しそうに答えてくれる。しかし、不思議と出ていくところは撮らない。

「なぜ、出ていくところは撮らないんですか」と聞くと

「寂しいからですよ。何となく自分を見ているように思えるのです」 

「私には、女の後ろ姿に見えますがね」

「・・・・・」

「そうは見えませんか。振り返らないのが何とも言えない」

「・・・・・」

「すみません、余計なこと言ってしまって・・・」

「いや、いろいろとりようがあうなと思っていたんですよ。気にしないで下さい」

   一年後

 ある雑誌に投稿された写真に、北府駅を出て行く後ろ姿が入選作の中にあった。そこには女が消えていく瞬間のシャッターが切れていた。

 

 

電車に揺られ

              山崎 ももこ(武生商業高校二年)

 

 今日はあの人に会える。ずっと楽しみにしてた。普段は履かないスカートに、滅多にしない化粧もした。家の近くの北府駅から福井市を目指す。電車に乗って席に座る。すると、電車が大きく傾く。ドキッとして心臓の音が速くなる。何度乗っていても慣れないな。今度は反対側に大きく傾く。心臓の音が加速する。また大きく傾く。心臓の音が更に加速する。全然落ち着かない。落ち着けない。電車が傾くたびに、倒れてしまうんじゃないかというひやひや感よりも、あの人に会えることが嬉しすぎて、緊張して、ドキドキしている方が圧倒的に多いからか。

 心臓の音がどんどん加速する

 ああ、はやく会いたいな。

 

ワンマン

              つじ かいり(武生東小学校一年)

 

 ぼくは、きたごえきへいったよ。えきの中には「ワンマン」とかいてあるカンバンがあったよ。ふみきりが「カンカンカン」となって、でん車がきた。そのでん車にも「ワンマン」とかいてあったよ。「ワンマン、うんてんしゅさんが一人でうんてんしたり、あんぜんかくにんしたりするんだよ。」っておかあさんがおしえてくれたよ。

 おとうとがでん車に手をふったら、うんてんしゅさんも手をふってくれた。おとうとはよろこんだよ。ありがとう。うんてんがんばってね。

   

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むかしのどうぐ

              大森 ゆめあ(武生東小学校二年)

 

 わたしは、むかしおじいさんといっしょにきたごえきに行っていました。駅の中には、むかしのうんてんしゅさんたちがつかっていたどうぐがありました。ラッパのようなものやえきいんさんのぼうし、きっぷを切る時につかうものなどたくさんありました。えきの外のベンチから電車を見たりもしました。人が入ってこない時は少しさびしい気もちになりました。でもかわいい電車、かっ

こいい電車などを見つけると元気になります。わたしはこれからもきたごえきをあいしていきます。

 

一月一日

              

 大下 まひろ(武生東小学校三年)

 

 一月一日ぼくは、はじめて子どもだけで電車にのった。お兄ちゃんたちとおじちゃんの家に行った。北ご駅からお母さんに見送られて花んどう駅にむかった。すこしドキドキしたけど、いとこたちと早く会いたいと思った。

はじめは、ぼくたちとおじいさんだけだったけれど、とまるたびにおばあさんやお兄さんなどいっぱい乗ってきた。おりる人はあまりいなかった。

電車のうん転手さんにきっぷをわたしておりた。おばあさんがむかえに来てくれていた。はずかしかったけどついたーと安心した。

あの電車に乗っていた人たちも、きっとお正月をなかのいい人と会うために乗っていたのかな。みんないいお正月をすごせるといいな。

 

イルミネーション

              竹内  栞(武生東小学校四年)

 

 わたしは、北府駅が冬の季節になるとキラキラとかがやいているイルミネーションを見るのが好きです。北府駅の近くを通るときに、きっと北府駅が知らないひとでも、北府駅のイルミネーションをとてもうれしい心が温まると思います。

              

速く走れたら

              橋本 拓磨(武生東小学校五年)

 

電車は、いつも遠くに走っている。いろいろな電車が北府駅の前を風をきるように走っている。時どき電車のことを速く走れていいなと思っている。

ぼくが、電車のように速く走れたら電車みたいに遠くに行って日本一周してみたい。あんなに速く走れたら気持ちいいだろう。電車っていいな。

 

 リズム

              澤田 アヤ(武生東小学校六年)

 

 北府駅で絵を書くのは、落ち着くと思います。なぜならば、静かだし風も来る。聞こえただけのは、風と電車風の音が「ヒュー」で電車は「ガタンゴトン」でこんにちはです。たまにも電車の音にビックリすることもあるので電車の音を無視してもビックリすることもあるので電車の音を無視してもビックリするので「もうどうでもいい」と思ってリズムにしました。電車の音と自分のビックリした数少なかったけど電車の音だけは、楽しかったです。

 

トンビ

                秋山 クィナ(武生東小学校六年)

 

北府駅の思い出は金管バンドの思い出

北府駅のイベントで私達はアーティスト

6年生のイベントで演奏している時

私は北府駅の女王様だったし

暑い中でもがんばるトップアスリートだった

そんな私も金管バンドを引退し

おまけに北府駅から離れた所にお引っ越し

きっと北府駅がさびしがるだろう

だから私は北府駅で一番偉くて

高いポールのてっぺんにいて

ピーヒョロロと高い声で鳴くトンビに

後の事はまかせようと思うのだ

 

 

 

プラットホーム

                宮田 朋季(武生東小学校六年)

 

 

プラットホームの左と右

背のびし並ぶ君号と僕号

ベルが鳴り・・・・わずかの時間差

「お先にィ」と君号

「じゃあまたねェ」と僕号

それぞれの夢を乗せたまま

きたごを発ったら西、東

遠くに遠くに離れ去る

またいつかきたご駅で会えるよね

 

 

私の愛した京福電車

             柾 あずさ(勝山市)

 

手指に

いくつものサロンパスの切れ端を貼って

赤ぎれた手で台所に立ち

あんたの手は働く手や

と言われたのを

父と別れたあと母は誇りにしていた

 

何年も前

大野まで電車に揺られていき

新しい生活が始まった日に

大野口の改札で扉で指を挟んで

一人なんだと思った日

母とはそのあとも会った

 

四、五日 母の家で過ごした

帰りの電車に乗ることになった

母は一番年下の弟の手を引いて

私たち兄弟三人を見送りに駅へ来た

カンカンカンと鳴る音がして

上りの電車がホームへ滑り込んだ

私たちを乗せた下りの電車が少し遅れて動き出した

母は改札口の木の扉から

身を乗り出すようにして手を振った

小さい弟が木枠につかまってこっちを見ている

その時私は流れる涙をこらえることができなかった

座席に凍りついたように座って

ただ涙が流れ続けた

窓外の景色は何でもないように移り変わって行く

父と新しい母との家に向かって

生みの母の存在を私につないだ京福電車

私の涙をあの窓ガラスは覚えているだろうか

この時大野と勝山はどんなに遠く思えただろう

勝山大野間が廃線になったあとも

しばらくは線路の形に土が残った

この土地に花を植えたらと

空想が羽ばたいた

 

 

青春電車

           小松崎 潤(所沢市)

 

 

高校時代、好きになった子が電車通学だと知り、ある期間だけ自転車通学をやめた。

午前七時。社武生駅のホームでその子を探すのが、僕の恋の一時間目だった。

たった三駅は一人でも短いのに、二人だともっと短く感じた。        

とまれ、時間。進むな、列車。

沸くな,さみしさ。笑って、自分。

彼女が座ると、さっきまで掴んでいた吊り輪に、誰かが手を通す。それを僕は恨めしそうに見ていた。女友達といる時もそうだ。いつか話したい。いつか近づきたい。そんな事ばかり考えていた。

はじめて話した日、わざと定期券を落とした日。

はじめて名前を知った日、鞄を持ってあげた日。

はじめて涙を流した日、もう会えないとわかった日。

高校最後の定期券。それは彼女と会える有効期限だった。

出発と共に心が動き、停車と共に決意を固める。

「おつきあいしてもらえせんか」

彼女は顔を真っ赤にした。それが彼女の答えだった。

あれから半世紀。今でも時に当時の記憶がよみがえる。ホームまで必死に走った高三。

今じゃもう走れないオジサン。昔は朝寝坊して電車を逃した。次の福武口まで。

彼女を乗せた電車を追いかけ、追いかけた末に大きく転んだ。今はもう追いかけることさえできない。

残念ながら妻は亡くなり、思い出の南越線もなくなった。妻亡きあと、今さら「好きだ」なんてもう言えない。だけど彼女を失った今、さらにその思いは強い。

社武生駅は今、駐車場になっている。もはや当時の面影をひとつも残さない。

だけどこの場所に来ると無性に妻に会いたくなる。ホームに咲いた妻の笑顔。

もう叶わない再会。もう戻らない青春。

 

だから僕は思うのだ。せめて思い出行きの列車があればいいのに、と。

 

 

季 節

             本保  葵 (武生東小学校五年)

 

 ある日は、私の前の交差点に小学生が何人も通り、見守り隊と言葉を一言交わした。私の近くの桜は、風でゆれている。その風は、あたたかかった。この風で春なのだと私は知った。

 ある日は、私の前の交差点に半そでの制服を着た小学生が何人も通り、見守り隊と言葉を一言交わしていた。私の近くの桜は、ただの木となり、緑の葉が風でゆれている。その風は、なまぬるくて、暑かった。この風が夏なのだと私は知った。

 ある日は、私の前の交差点に小学生が何人も通り、見守り隊と言葉を一言交わした。私の近くの桜は、緑の葉がちがう色に変わり、風でゆれていた。その風は、少し寒かった。この風で秋なのだと私は知った。

 ある日は、私の前の交差点に長そでを着た小学生が何人も通り、見守り隊と言葉を一言交わしていた。私の近くの桜は、だだの木で、緑の葉が風でゆれている。その風は、寒かった。この風で冬と私は知り、一年経ったとも私は知った。

 いつもと変わらない毎日。でも、少し変わっている毎日。ずっと、私は、この場所で沢山の人々を見ていたい。いつまでも。

 

 

 

銀河鉄道

                山口 真歩(武生東小学校六年)

 

まるで銀河鉄道みたい

 

線路の上を

ものすごいスピードで走るその姿

それはまるで

今にも飛び立ちそう

 

夜の線路を

ひっそり走るその姿

それはまるで

銀河鉄道みたい

 

電車は銀河へ

夢を乗せて行く

 

 

幸せ

               板倉  萌(西宮市)

私はいつものように

人間観察をしながら

電車に乗っていた

 

突然 前に座っていた老人が

新聞を指さして

隣の青年に笑顔で話しかけた

 

青年ははにかみながら

笑顔で相槌を打っていた

 

「日本人は電車の中で

知らない人と話をしない」

カナダ人の先生の言葉は

電車通勤五年目にして

斬新に裏切られた

 

車内に幸せ色の風が吹きこんだ

ある暑い日の昼下がり

 

笑顔が三つ

咲きこぼれた

 

 

心の旅

              大西 真由美(越前市)

 

娘の心が風邪をひている

それを知って独り電車に乗った

今までのことが頭の中で走馬灯の様に

思い浮かぶ

 

小さい頃から頑張り過ぎて心が疲れた娘

 

頑張らなくていいんだよ

あなたはあなたのままでいいんだよ

 

車窓に写る私の顔

今行くから待っててね

 

数時間かけて着いた時の

娘の笑顔を見てひと安心

 

暫く一緒に過ごした

ある時娘が言った

 

「あーお母さんてお腹一杯」

嬉しかった

落ち着いてから帰った

帰りの時の足取りは軽かった

 

人生はなんとかなる

そう思った

 

 

変わらない景色

              飯塚 朱音(武生商業高校一年)

 

毎日見る変わらない景色

電車の窓には私の心情

何があっても私は電車で帰る

電車の中で色々な考え事をする

何を考えていても毎日同じ電車

変わらないものがあるから

私はうれしい

 

 

はじめまして

              いけだ あかり(武生東小学校一年)

 

はじめまして

でん車から見る

ゆきげしき

これからもいろんなばしょへ

のせていってね

このでん車で

 

 

外は寒い

              真木 優弥 (武生東小学五年)

 

外は寒い

電車の中は温かい

そんな電車のまどから見るあの景色

思いだす光を浴びてまっすぐ育ったひまわりの花

ああこいしいな

あの夏にもどれたなら

 

真赤な梅の花

           高橋 葉月 (武生東小学五年)

 

車窓から外を見ていると

目にとびこんでくる

真赤な梅の花

その花達が教えてくれる

もうすぐ着くよ北府駅に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

散文部門 選評    笠嶋 賢一郎

 

北府駅を愛する会賞

「君の電車がきっと来る」   三代 美千代(南越前町)

子どもが突然不登校になり辛い時期に、北府駅に来て電車を親子で見ることで互いに良き関係を構築出来たと述懐する。最後の、「君が本当に乗りたい電車が来たら、その時は、この駅からとびっきりの笑顔で旅立ってほしい。そして、母も、最高の笑顔で見送りたい。精いっぱいのエールを贈りながら、そんな日がいつか必ず来ることを信じて、今日も君と

電車を待つ。この駅で・・・・・・」胸を打つ素晴らしい一文です。

 

秀賞

南越線に消えた淡雪の恋    湧口 やす子(鯖江市)

 南越線で生まれた初恋は淡雪の如く儚く叶わぬものとなったが、暖かい思い出として懐かしく思い出される。昔は定時制高校に入学し、昼は社会人として働くというのが結構多かったようです。多感な頃の心情が痛いほど伝わってくる佳作です。

 

秀作賞

夜のフクラム         松原 百奏(武生東小学校五年)

 夜のフクラムは、なんともいえない滑らかな走行で、作者のピアノレッスンで苦労しているなめらかなレガートの弾き方みたいと感心している。そしてフクラムは、今にも夜空に舞い上がりそうだった。銀河鉄道のように、いっぱい夢をのせた夜のフクラム。芸術家を夢見ている作者にフクラムは良い刺激を与えたようだ。私も、いっぱい夢をふくらませてやさしい音色を奏でるピアニストになりたいな。素敵な夢が叶うといいですね。

 

 

秀作賞

北府駅に思い出を馳せて    加藤 信子(越前市)

母の実家のある上鯖江に藪入りと称して家族みんなで行った時の思い出が当時の風景と相まってビビッドに描写され沿線の歴史を物語ります。長男が生まれ最初の言葉が「まんまの次がでんちゃ!!」だったという。ほほえましいエピソードで話を締めくくりましたが、良い構成です。

 

秀作賞

葛藤            堀田 泰子(鯖江市)

毎日水落駅で乗車し樫津駅で下車する一人の女性の胸中を忖度するワンマン運転手がとった法令違反とは?一人の生真面目な男の生きざまとたまたま目撃した女性との一方的な好意が物語をドラマテックに展開していきます。当時の鯖浦沿線や社会状況も踏まえて、読み応えのある佳作といえます。

 

秀作賞

想いを運ぶ         川橋 紗羽(武生商業高校一年)

 小学生の頃、母へのプレゼントを買いに一人で福鉄に乗った話だ。切符の買い方など何も知らない私にやさしく対応してくれた駅員さん。電車には様々な人々が様々な目的を持って乗り込んでいた。エンディングの

「この電車は目的地まで,私達の思いも運んでくれているのだと感じた。想いが詰まった電車だ。この電車が、これからもたくさんの人の思いを安全に運んでほしいと、私はそう願っている。

自分だけでなく全ての乗る人の思いを託した心温まる佳作です。

 

 

詩部門 選評      千葉 晃弘・笠嶋 賢一郎

福井県詩人懇話会賞

トンビ           秋山 クィナ(武生東小学校六年)

 武生東小校の児童には、北府駅の9月のイベントに金管バンドを合奏して、拍手喝采を浴びました。北府駅の桜が青く繁った日陰に入って演奏しましたね。

秋山クィナさんも、その一員となって緊張したようすが目に浮かびます。その時のことを「私達はアーティスト」「北府駅の女王」「トップアスリート」と自負していても、ちょっとも不自然ではありません。

 それが、今年小学校を卒業すると、北府駅の金管バンドともお別れです。中学へ入学する頃、お引越しとなり北府駅とは遠くなります。「北府駅がさびしがるだろう」「北府駅で一番偉くて・・・・トンビに後の事はまかせようと思うのだ」には、クィナさんのお別れの絶唱が聞こえるようです。

 

優秀賞

プラットホーム       宮田 朋季 (武生東小学校六年)

 簡潔な詩にまとめています。それでいて言いたいことを全て言い尽くしていて素晴らしいです。「背のびして並ぶ」「お先にィ」と君号 「じゃあまたねェ」と僕号。電車を君と僕にたとえたユニークな詩となっています。「またいつかきたごえきで会えるよね」

 

秀作賞

私の愛した京福電車       柾 あずさ(勝山市)

 生みの母との分れ、兄妹弟の四人の別れが、大野の駅と勝山の駅を舞台にして、一シーン、一シーンがリアルに克明に映し出されている。母子の情愛が切なく、廃線となった勝山大野の線路の土盛りに重なる作品です。

 

秀作賞

青春列車            小松崎 潤(所沢市)

高校時代、電車通学し彼女と知り合えた喜び、そして別れの切なさを懐古している。テンポの良い筆の運びが一寸味気ないくらいのそっけなさで心地よい。 なお、散文部門から詩部門に移させていただいことお許しください。(笠島・評)

 

秀作賞

無題              本保 葵(武生東小学校五年)

 四季折々の変化を風の感触で捉えた斬新な狂言方法で、あたかも一編の詩の如くであり、そのリフレインは美的センスが感じられます。また、これを決まった一点で観測しているのが良い。(定点観測という)この調子で、気が付いたことをどんどん表現して下さい。(笠嶋・評)

 

 

 

俳句部門  選評     和田 てる子

 

福井新聞社賞

北府駅レトロなオーラかもしだす 

 佐藤 雅紘(武生東小学校五年)

何てすてきな表現でしょう!!

たしかに、北府駅は木造の古くて小さい駅。でも応募してくれた沢山のお友達も俳句にうたっているように、いい思い出と歴史があふれんばかりに詰まっています。しかも無人駅なのに、かつて賑やかに人々が行き合った光景がふつふつよみがえる・・それを「オーラ」と表現したのは見事です。「オーラ」の一言に沢山のことが言いつくされていますよ。

 

優秀賞

名月を仰ぐ終電北府駅

 五十嵐 一豊(鯖江市)

終電に遅れまいと、駆け足で駅にたどり着いたのでしょう。 さて一息つい

て空を見仰ぐと、望の月が煌々と輝いているではないか。嗚呼今日は満月か・・そういえば忙しさにかまけて、こうしてゆっくり月を仰ぐのも、久し振りだなぁ。

無人駅でしかも終電となれば多分人気もなかったでしょう。五十嵐様が月を独り占め。「名月」「終電」「北府駅」それぞれが物語性を秘めている言葉で、その取り合わせが見事な句に仕上がりました。

 

秀作賞

桜の芽また会えるよね北府駅

  角所 ほのか(武生東小学校六年)

北府駅の桜は美しく、木造の駅にとても映えて、しかも皆の気持ちをあたた

かくしてくれます。ほのかさんは北府の駅で誰と会ったのかな?なごりは惜しいけど、桜の木も蕾が膨らんできているから、開花はもうすぐ。花が咲いたら北府駅のお祭りもあるよね。その時にはきっとまた会いましょう。

「会えるよね」と会いたい気持ちのこもった素直な表現がとてもよかったですよ。

 

秀作賞

またの日を約する駅に片時雨

 佐々木 邦子(鯖江市)

 

「駅」は出会いと別れのドラマを繰り返す舞台です。しかも悲喜こもごも。この句の場合類想句はたくさんありますが、「片時雨」という季語の配置が、ロマンに溢れ、とてもよかったと思います。「片時雨」は一方では時雨が降り、一方では晴れ、人間界に喩えれば、人の気持ちのすれ違い感があります。再会を約束しながらも、何となく「もう会えないかも」というせつなさを感じられたのではないでしょうか。

 

 

 

 

短歌部門  選評     青山 雨子

 

北府駅を愛する会賞    京谷 龍法(武生商業高校二年)

見おぼえのあるうしろ姿に声かけるふりむいた顔は無人駅みたい

 

 ふりむいた顔の人は人違いではなかったのだと思います。「無人駅」という言葉がこの歌のなかで大きな役割を持っていますね。歌の始まりの「見おぼえのあるうしろ姿」と、終りの「無人駅」の間に、「声かけるふりむいた顔は」が置かれており、この三つの相互連携の強弱や色彩が味わいとなっています。高校生らしい良い作品で、このような歌をこの年齢に書けたのは、これからの人生の宝のひとつになると思いました。

 

 

優秀賞           くろ田 さとし(武生東小学校二年)

おとうさんと、電車を見に行って、一人で、のりたいと思いました。

 

 おとうさんといっしょに電車を見に行って、こんどは家族でのろうね、と話をしたのかもしれません。この歌に書かれているように、くろ田くんが、一人で最初に電車にのるのはいつでしょうか。しょうらい、その日はきっと来ます。その日から一生のあいだにどれだけ一人で電車にのるでしょうか。小学二年のとき、一人でのりたいと思った日が、くろ田くんにとっての、「電車きねん日」かもしれません。そのきねん日のしょうこ品がこの歌となりました。

 五・七調ではありませんが、子供らしく素直にのびのびと書かれていました。

 

 

秀作賞          林 夏香(武生商業高校二年)

掛けようか掛けないでいるこの声が届けたい君一両目まで

 

 電車のなかで見かけた君に声を掛けるかどうか迷っているのですね。この歌には、林さんが声を掛けたのか掛けなかったのかこの時点では書かれていません。そこが余韻となって読む側に響いてきました。電車は何両編成で、林さんは何両目にいたのでしょうか。私は、林さんがいた車両から一両目の方が少し見えたのかもしれないと思いました。市電ならではの作品で、歌として表現された空間の広さが、親しみやすい日常的なもので心地よいものでした。新幹線の車内だったら、このような歌はできなかったと思います。

 

秀作賞               舘 栄一(越前市)

遮光カーテン全て下ろして電車くる蝉時雨降る西山の駅に

 

 ホームに入ってくる電車の風景として同じようなものを見たことがあります。蝉しぐれの声を暑さと同化して感じる人が多いかもしれません。しかし私は、遮光カーテンという言葉から、日射しではなく影を感じました。この歌の作者がいるのは電車の中ではなくホームですから、木蔭の下で聴く蝉の声ではありません。遮光カーテンという言葉によって暑さが強調されていながら、反転して、影のなかで聞く蝉しぐれとも取れました。猛暑のなかで聞いている蝉しぐれが現実から浮遊する感じがあって、舘さんの西山公園駅での佇まいの数分の出来事が眼に浮かぶようでした。

 

 

川柳部門  選評    墨崎  洋介

 

 第7回北府駅から始まる愛の物語・愛の詩募集の川柳部門には、小中生は応募無し、高校生は479句、一般48句、計527句という、昨年とは少し減ったものの、それでもたくさんの句が集まりました。

相変わらず高校生の句が多いのですが、ほとんどが同じ着想で内容は似たり寄ったりです。そこから斬新な、一歩抜き出た表現の句を選びました。一般の部では、今回は老練な手慣れた句が多く集まり、かなり選考に迷いました。北府駅から発車した電車は、どこを走るかわかりません。北府駅にこだわらず、どんどん未知の場所を走らせてください。しょせん文芸は形式より内容で勝負です。

 

武生商工会議所賞

揺れる電車壁ドンで君守るぼく

                 細川 武幸(鯖江市)

 急カーブでとっさに壁ドンの姿勢になったぼく。君にコクッたりするのではなく(本心はそうしたいのだけど)瞬間的に防御態勢で君を守ったことは自分でも立派だと思っている。でも、そんなぼくの心を知ってか知らずか、君はちらっとぼくを見て少し恥ずかしそうにしたっけ。いつか壁ドンとはゆかないまでも、話しあう日が来るといいね。

 

優秀賞

 駆落ちを北府桜は黙秘する

                 巽  俊一(鯖江市)

 北府駅と駆落ちとは着想の妙と言おうか、ちょっと思いつかない素材だ。でも、矢切の渡しが北府駅に変わっただけと思えば納得出来る。人間の業とはいつの世も変わらないのだ。ただ救いは爛漫と咲く桜花だろうか、二人に幸あれよと黙って見ていてくれるのだ。

 

秀作賞

 「駅で会おう」それから君を見ていない

                 坂下 渚月(武生商業高校二年)

 図書館で会おうとか喫茶店で会おうとかいうのではない。駅で会おうと彼は言ったのだ。駅ほどドラマチックな場所はない。何かを期待したくなるというものだ。しかしまったく違う形のドラマが展開した。彼はそれっきり姿を見せなくなったのだ。彼は私に何か言いたかったのだろうか。それとも私は無視されたのだろうか。

 

秀作賞

 廃線を辿り訪ねる五箇の郷

                 野尻 茂信(鯖江市)

 南越線の廃線をたどる徒歩行路で五箇の郷(さと)を訪ねようというのである。文明の利便性に逆行することで歴史を体感する。かっての人々と同じ境遇に身をおくことで見えてくるものがあると信じている。何でもない句のように見えてどこか現代への批判を秘めている。

越前市文化協議会

墨 崎 洋 典(男)sumisaki yousuke  会長    (脚本)

河 合 俊 成(男)kawai tosinari    副会長   (写真)

塚 崎 廣 行(男)tukasaki hiroyuki  理事長   (詩吟)

鶴 来 はつね(女)turuki hatune      副理事長  (日舞)

和 田 てる子(女)wada teruko        文芸教養部長(俳句)

田 中 純 子(女)tanaka junko   事務局 (剣詩舞道)

田 村 佳 子(女)tamura keiko           (琴)

小 川 美 苗(女)ogawa minae                     (琴)

 

 

 

 

(選考委員)                  北府駅から始まる 2020

墨 崎 洋 介        《愛の物語・愛の詩》作品集 NO7

和 田 てる子         令和二年四月四日発行

笠 嶋 賢一郎         編集・発行 北府駅を愛する会 

青 山 雨 子         発行者   竹内 伸幸

千 葉 晃 弘         事務所 越前市国府二ー一二ー七

奥 出 美代子              電話 0778-24-2024

 

 第7回北府駅から始まる
「愛の物語・愛の詩 募集!」〜駅と電車に残る思い出〜

 募集要項
【形 式】  詩・短歌・俳句・川柳・散文などの形式は自由
【題 材】  北府駅・福武線電車、旧南越線、旧鯖裏浦線、電車に関する内容
【応募資格】 年齢・性別・国籍問わず
       応募点数に制限なし(ただし未発表のものに限る)
       出品料 無料
[応募方法]  北府駅に設置してある応募箱
       または事務局へメール、FAX、郵送してください

       いずれも、住所・氏名・電話番号・年齢・学生の場合は学校名、学年を明記のこと


【応募期間】 2019年12月1日(日)〜2020年1月31日(金)
【審査日】  2020年2月上旬〜中旬
       ※入賞者にはハガキにてお知らせいたします。
       ※入賞者以外の方には連絡しないことをご了承ください

 (選考委員)         

 墨 崎  洋 介 (代表)            

 和 田 てる子         

 笠 嶋 賢一郎         

 青 山 雨 子         

 千 葉 晃 弘 



【表彰式】2020年4月予定
・北府駅を愛する会賞(1点)
・福井新聞社賞(1点)
・フクラム賞(1点)

・武生商工会議所賞(1点)

・福井県詩人懇話会賞(1点)
・優秀賞(5点)
・秀作賞(10点)
・佳作(数点)



【お問い合わせ・作品送付先】
〒915-0076 越前市国府2-12-7
「北府駅を愛する会」 事務局〈愛の物語・愛の詩〉募集係


TEL:0778-24-2048 FAX:0778-24-2678
Eメール:nagaya-t@amber.plala.or.jp

個人情報は、「北府駅を愛する会」事務局で管理し、応募作品の問い合わせ、選考の結果通知、また、

公募展の広報・案内のために利用し、それ以外の目的に無断で使用することはありません。

ご返却希望の方は事務局までご連絡ください。

主催:北府駅を愛する会 後援:福井新聞社・福井鉄道株式会社
武生商工会議所 ・福井県詩人懇話会
 

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   < 台風接近に伴う影響を考慮し、本年の「ふくぶせんフェスタ」は中止となりました。 >

     大変申し訳ございませんが、ご理解いただきますようお願いいたします。

 

第9回 ふくぶせんフェスタ in 北府駅

10月14日(月・祝)午前10:30〜午後3:00
福井鉄道福武線北府駅周辺  

※荒天時、警報発令時は中止

来場者特典
●「福武線1日フリー乗車券」を利用して来場した先着100名様に、
 会場で使えるお買物券(500円分)進呈!!
●粗品(公共交通闘連グッズ)進呈!!  ※なくなり次第終了

鉄道・バスイベント
〈鉄道〉
●フクラム型ミニ電車の無料運行
●200形電車展示
●レトラム電車でドイツビールを飲もう
〈バス〉
●大型洗車機体験 など

ステージイベント
●キッズダンス
●吹奏楽演奏 など

飲食コーナー
手打ちそば、焼き鳥、お米パン、米粉スイーツ、クレープ、
フライドポテト、ソーセージ など

体験・展示コーナー
缶バッジ工作、木の電車作り など

縁日コーナー
スーパーボールすくい、射的、ボール投げ

主催 越前市福武線を応援する連絡協議会
 NPOえちぜん、北府駅を愛する会

第9回 ふくぶせんフェスタ in 北府駅

10月14日(月・祝)午前10:30〜午後3:00
福井鉄道福武線北府駅周辺  ※荒天時、警報発令時は中止

来場者特典
●「福武線1日フリー乗車券」を利用して来場した先着100名様に、
 会場で使えるお買物券(500円分)進呈!!
●粗品(公共交通闘連グッズ)進呈!!  ※なくなり次第終了

鉄道・バスイベント
〈鉄道〉
●フクラム型ミニ電車の無料運行
●200形電車展示
●レトラム電車でドイツビールを飲もう
〈バス〉
●大型洗車機体験 など

ステージイベント
●キッズダンス
●吹奏楽演奏 など

飲食コーナー
手打ちそば、焼き鳥、お米パン、米粉スイーツ、クレープ、
フライドポテト、ソーセージ など

体験・展示コーナー
缶バッジ工作、木の電車作り など

縁日コーナー
スーパーボールすくい、射的、ボール投げ

主催 越前市福武線を応援する連絡協議会
 NPOえちぜん、北府駅を愛する会

・第9回 ふくぶせんフェスタ in 北府駅

10月14日(月・祝)午前10:30〜午後3:00
福井鉄道福武線北府駅周辺  ※荒天時、警報発令時は中止

来場者特典
●「福武線1日フリー乗車券」を利用して来場した先着100名様に、
 会場で使えるお買物券(500円分)進呈!!
●粗品(公共交通闘連グッズ)進呈!!  ※なくなり次第終了

鉄道・バスイベント
〈鉄道〉
●フクラム型ミニ電車の無料運行
●200形電車展示
●レトラム電車でドイツビールを飲もう
〈バス〉
●大型洗車機体験 など

ステージイベント
●キッズダンス
●吹奏楽演奏 など

飲食コーナー
手打ちそば、焼き鳥、お米パン、米粉スイーツ、クレープ、
フライドポテト、ソーセージ など

体験・展示コーナー
缶バッジ工作、木の電車作り など

縁日コーナー
スーパーボールすくい、射的、ボール投げ

主催 越前市福武線を応援する連絡協議会
 NPOえちぜん、北府駅を愛する会

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令和元年9月8日(日) AM 10:00〜 PM 1:00

場所 : 北府駅前広場   

雨天の場合は中止になります

  <催しの内容>

☆ 金管バンド生演奏 (武生東小学校)

☆ よさこい (浪花認定こども園)

☆ キッズダンス (武生東公民館)

     

射的、スーパーボールすくいなど縁日広場開催

焼き鳥、ビール、フードブースや手作りプールなどもあります。

主催:北府駅を愛する会

共催: 仁愛大学 ・ 武生東公民館

後援: 福井鉄道 ・ 福井新聞社

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暑さを吹っ飛ばそう!

令和元年 8月4日(日)PM6:30〜PM8:30

雨天の場合は中止になります

<催しの内容>

☆ 書道パフォーマンス : 武生東公民館 書道教室

☆ 生バンド演奏 : 大越佑華&もしも山羊を飼ったなら

縁日コーナー、スーパーボールすくい など

やきとり、の食べ物と生ビールも販売します

どうぞご家族でお越しくださいませ(^^)ニコ

主催:北府駅を愛する会

共催:仁愛大学 島岡研究室 ・ 武生東公民館

後援: 福井鉄道  ・  福井新聞社

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 令和元年 6月2日 (日) 11:00〜13:00  雨天は中止にまります

場所  : 福井鉄道北府駅前広場

 催し物 : ベリーダンス「Yumi ☆ Koyabu」 

 内容 ☆ チアダンス+キッズダンス

     「みんなのスタジオ HAPPINESS」    

    ☆ 篠笛 「篠笛を楽しむ会」

     縁日コーナーあります

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サクラを観る会   みんな来てやー!

  平成3146() 午前11時 ~ 午後2時 雨天は中止にまります

 

 場所  : 福井鉄道北府駅前広場

 催し物 : 「愛の物語・愛の詩」表彰式

      琴の演奏 ・ 日本舞踊 ・ キッズダンス

      茶席(茶遊会) 縁日コーナーあります

      

      どうぞお待ちしております

 

   主催: 北府駅を愛する会  TEL 0778-24-2048

    共催: 武生東公民館

    後援: 武生商工会議所 ・福井県詩人懇話会 ・福井鉄道 ・ 福井新聞社

散文部門

北府駅を愛する会賞

 鯖浦線の思い出(十八歳の旅立ち)

辻川 定男  (坂井市)

優秀賞

 アガペー             山田 みほ  (武生商業高校二年)

秀作賞

 愛される電車         玉森 文子  (武生商業高校二年)

 みんな北府駅から始まる   水間 愛七  (武生東小学校五年)

佳作

ダンスをおどった      吉田伊織(武生東小学校四年)

 きたごえきは前は西たけふえきっていう名前だったんだよ

              辻  湊人 (武生東小学校二年)

 てんじしつにあった昔のもの 村下 明花莉(武生東小学校一年)

 きたごえきが大好き     木下 央絆(武生東小学校一年)

 思い出に残る北府駅    小やぶ まな花(武生東小学校一年)

 ハートのつりかわ     さとう ひかる(武生東小学校一年)

 くらべたよきたごと西さばえ 大下 真優(武生東小学校二年)

 

詩部門  

福井県詩人懇話会賞

弟 そして南越線     田中 育夫 (鯖江市)

優秀賞

村国山          堀田 泰子 (鯖江市)

秀作賞

車窓           浜本 はつえ(越前町)

秀作賞

福鉄とバッハ       松原 百奏 (武生東小学校四年)

佳作

兵営駅から神明駅へ    林  恒男 (鯖江市)

微睡み          大塚 響花 (武生商業高校二年)

冬の北府駅        秋山 クィナ(武生東小学校五年)

北府駅          石田 羽奏 (武生東小学校六年)

北ご駅の電車       上田 沙弥 (武生東小学校四年)

ガタンゴトン     いい田 まさひろ(武生東小学校二年)

 

 

短歌部門

フクラム賞

駅ついて雪道歩く君の後ろ大きな足あとたどって歩く

             田中 夕葵 (武生商業高校二年)

優秀賞

ボテさんの声高な会話とびかえる海の香のする鯖浦線車内

               佐々木 邦子 (鯖江市)

秀作賞

カンカンとふみ切りの音聞こえたらもうすぐ着くよ北ごえき

               深谷 遥香(武生東小学校三年)

屋根のないホームで電車待っている雪が降る時傘も現る 

               渡邊 祐佳(武生商業高校二年)

佳 作

12月夜に輝くヒゲ線は独りの僕にさみしさ運ぶ

            中川 桂太 (武生工業高校三年)

青色の新型電車渡りたるはその名床しき白鬼女の橋

                 谷嶋 良一 (福井市)

山眠る静けき町で揺れ動く列車の音から今日が始まる

             吉田 大河 (永平寺町)

北府駅えんそくいくときよくつかう学校ちかくで

とてもべんりだ   小川 裕人 (武生東小学校四年)

北府駅の電車はがたんごとんおどるそしてうたっているかんじ

      ヴェルトゥシオ シヤンディ(武生東小学校四年)

北府駅から電車にのって西山こうえんにいきたいな

              前川 隼澄 (武生東小学校三年)          

 

 

俳句部門

福井新聞社賞

かさもってにいちゃんまつここ北府駅

           浅野 イアンルーカス(武生東小学校五年)

優秀賞

西日射す答え合せの指定席

             野尻 茂信 (鯖江市)

秀作賞

 いもうととアイスをたべて電車まつ

             三石 叡仁 (武生東小学校一年)

 見はるかす青田の中に無人駅

             佐々木 邦子(鯖江市)

佳 作

満員の福鉄電車山笑う

             五十嵐 一豊(鯖江市)

 手をつなぎ電車見にいく北府駅

             森田 凱晴 (武生東小学校三年)

 フクラムの色で今日の運だめし

            有馬 梛月 (武生東小学校四年)

 楽しみは次来る電車「何色か?」

             廣田 夏希 (武生東小学校四年)

 福井まで数える電柱いつもとちゅう

            山本 和奏 (惜陰小学校四年)

 踏切で見知らぬ子が振る小さな手

            山本 玲味奈(鯖江中学校三年)

 

川柳部門

武生商工会議所賞

 急カーブ電車もジルバ踊ってる

              山本 一善 (福井市)

優秀賞

 君見つけ私の気持ち満員だ

              用田 菜々穂(武生商業高校二年)

秀作賞

つり革があなたの手だといいのにな

              川崎 ももこ(武生商業高校二年)

 特急電車通りすぎると花吹雪

             笠島 菜月 (武生商業高校二年)

佳 作

車窓から見える満月君想う

              徳井 愛莉 (武生商業高校二年)

 平成を紡ぐ北府に桜咲く

              巽  俊一 (鯖江市)

 俺の恋電車と一緒に出発だ

            加藤 頼明 (武生商業高校一年)

 ほんわかと新元号へ福武線

            小野  史 (東京都足立区)

 豆単を繰りつつ君と目が合った

            野尻 茂信 (鯖江市)

 つり革を持とうとしたら手が触れた

              榎  真凛 (武生商業高校二年) 

 

 

 

 鯖浦線の思い出(十八歳の旅立ち)

              辻川 定男 (坂井市)

 

 わたしが福井鉄道鯖浦線西田中駅から電車に乗ったのは昭和四十五年三月のことだった。西田中駅から電車に乗り、水落駅で乗り換え、福井駅前まで行く。そこで当時の国鉄で名古屋まで行く予定だった。高校を卒業して名古屋の小さな看板屋に就職することになっていた。

 見送りにきたのは母ちゃんひとりだった。父ちゃんは仕事で来られないし、姉ちゃんはすでに家を出て就職している。結局、母ちゃんひとりということになった。

 電車をまっていると、普段無口な母ちゃんが話しかけてきた。

「あんたに約束して欲しいことがあるんよ。まず最初に・・・・・・」

まず最初にってなんだよ。そんなにいくつもあるのかよ。

「あいさつをきちんとすること」

うん、うん。あいさつは大切だよな。大丈夫だよ。約束するよ。

「もし将来、あんたが出世して、部下ができても、その人たちにもあいさつしなさいよ」

はいはい、分かりました。

「うそをつかないこと。あんたは今までうそばっかりついてきた。これからはそれじゃ通用しないよ」

はいはい、分かりました。うそはつきません。約束します。

 やがて電車がやってきた。ぼくが電車に乗り、座席に座ると、なんと母ちゃんまでもが乗り込んできた。

「一週間に一度は家に電話すること」

いや、それはちょっとむつかしいな。

「じゃあ一カ月に一回でもいい。手紙でもいいから」

はいはい、分かりました。それより早く下りないと、ドアが閉まっちゃうよ。

「ねえちゃんにも電話しなさいよ」

分かったよ。分かったから早く下りないとドアが閉まっちゃ・・・・・。あーあ、ドアが閉まり、電車は発車してしまった。母ちゃんはえへへと悪戯っぽく笑った。なんと隣の川去駅までの切符を買ってあるのだという。

「無駄遣いしないこと。家への仕送りはしなくていいから、せっせと貯金しなさいよ。それから・・・・・」

それからって、いったいいくつあるんだよ。

「女の人には気を付けるんだよ。あんたはきれいな女の人にはすぐに付いていってしまうんだから」

うっ、見抜かれている。確かにそうだ。その癖は五十年近く経った今でも変わらない。

 となりの川去駅が近づいてきた。ぼくからも母ちゃんに約束してほしいことがあるんだ。いつまでも元気で長生きしてくれよな。

「わかった、わかった。長生きするよ。百まで生きるよ」

いや、そんなに長くなくても・・・・・ぼくはその言葉を飲み込んだ。やがて電車はとなりの川去駅に到着し、母ちゃんは電車を下りた。そしてぼくは水落駅で福武線に乗り換え、福井駅前まで行き、国鉄で名古屋へ向かった。

 ぼくは無事に名古屋に着き、迎えの人と落ち合うことができた。名古屋での生活が始まった。それからお盆と正月に帰省するときはいつも福鉄電車に乗った。福井駅前から我が家近くまでバスで行くこともできるのだが、ぼくはバスに酔うので多少遠回りになるのだが電車を利用した。いつも西田中駅まで母ちゃんが迎えにきてくれていた。

 ところでわたしは母との約束を守れたのだろうか。あいさつはきちんとしてきたつもりだ。うそをついたことがない・・・・・と言えばそれこそうそになる。うそだらけの人生だったといってもいいほどだ。

 一カ月に一回、電話や手紙を出しただろうか。初めのころはしていたが、だんだんと億劫になり、母への連絡はおろそかになっていった。姉へも同じようなものだ。

 女癖は相変わらず悪い。総じて約束の半分は守れて、半分は守れなかったということか。

 でも母はわたしとの約束を守れなかった。十年間の大病の末、五十六歳で亡くなってしまったからだ。百まで生きるといったじゃないか。

 

 鯖浦線は昭和四十八年に全線廃線となった。わたしが帰省するときもバスを利用せざるをえなくなった。バス停まで母は迎えに来てはくれなかった。当時すでに体調を崩し、なかなか外に出られなくなっていたからだ。

 鯖浦線が廃線になって四十五年がたつ。先日、思い立って西田中駅跡に行ってみた。そこはバス停になっていて、電車の駅だったことを思い起こすものはなにもなかった。ただ強い風が吹いていた。

 

 

 

アガペー

                山田 みほ (武生商業高校二年)

 

 家路。悄然。目の奥だとか頭の中が、全部まるく空っぽなってしまっている。予定通り来た電車に乗り込み、座る。今日の車内はやけに席が空いていた。

 私が電車に乗っているのは数分間だけだ。二、三駅で降りなければならない。この時間は何をするにも中途半端で、いつもぼんやり過ごしていた。電車が走り始めた。

 今日は、別に悪い日ではなかった。良い日でもないが。ただ意味も理由もなく、虚無感に取り憑かれて膝を眺める。電車が揺れれば私もやる気無く揺れる。

 車内がやけに橙になった。

 目線を上げると、窓いっぱいの夕陽だった。夕陽の光は液体みたく私の睫毛を掠めながら眼から皮膚から私の中へと注がれる。肺さえ夕陽で染まる。全身が橙になるのを感じながら、しばらくぼんやりとその夕陽を見ていた。

 ・・・・・・少し、疲れていたのかもしれない。早く帰ろう。そういえばもうすぐ金曜日じゃないか。あと少しじゃないか。電車が止まった。気づけば私が降りる駅だった。

 駅を出ると、まださっきの夕陽がいた。そういえば、夕陽が綺麗な日の次の朝は晴れるらしい。私は家路を急いだ。

 明日も、もう少し頑張れる気がした。

 

愛される電車

              玉森 文子 (武生商業高校二年)

 

私は普段、どこへ行くにも車で乗せて行ってもらうのだが、部活で福井へ行くときは電車を使う。

 ある日、友人と北府駅から電車に乗ると、近くに小さな男の子が両親に挟まれて座っていた。男の子は三歳ぐらいで、子ども向けの小さな電車の図鑑を抱えていた。その子は窓の外を眺めたり、お父さんに抱っこされて運転士の近くへ行き様子を見たりしていた。図鑑を指さして電車のことを話すと、両親は

 「うん、うん」

と相槌を打っていた。その様子はとても温かく、ほのぼのとしていた。

 男の子を見ながら、私の弟も電車が好きだったと思い出した。私には年の離れた弟がいる。今は電車の話はしないが、以前は踏切で車が止まると喜んだり、父と二人で電車を見に行ったりした。電車の絵を何枚も描き、テレビで特集があると録画して何度も見ていた。そのようなことを思い出し、とても懐かしくなった。

 電車は幅広い世代に愛され、多くの人に夢を与えるものだと思う。これからもたくさんの人に笑顔を運んでいってほしい。

 

 

みんな北府駅から始まる

                 水間 愛七 (武生東小学校五年)

 

 ガタン ゴトン ガタン ゴトン 命を運ぶ音がする。悲しみとこう気心をのせて、行ってしまう。別れも旅だちもみんな、北府駅から始まる。キキキー

 ギギギー命を運んだ音がする。ふるさとを思い出しながら帰って来る。再会も、友達もみんな、北府駅から始まる。ほら、もうすぐ愛する人がかえってくるよ。

 

 

ダンスをおどった

                 吉田 伊織 (武生東小学校四年)

 

 わたしは、夏休みのおわりごろに、北府駅でダンスをおどりました。最しょは、ハピネスダンスを踊りました。失敗しなかったので、うれしかったです。次のダンスの曲名はわすれてしまいましたが、少しまちがえてしまったのでくやしかったです。それから弟が秋によさこいをおどりました。ちょっとみんなよりおくれていたけど、別にいいかなと思います。

 

 

きたごえきは、前は、西たけふえきという名前だったんだよ

                 辻  湊人 (武生東小学校二年)

 

「きたごえきは、前は、西たけふえきという名前だったんだよ」と、おばあさんが教えてくれたよ。

 いつ名前がかわったのかな。

 おかあさんといっしょにしらべてみたら、へいせい22年だった。

「ぼくがうまれた年だ。」

 ぼくはびっくりしたし、ちょっとうれしかったよ。

 

 

てんじしつにあった昔のもの

              村下  明花莉(武生東小学校一年)

 

パパとおとうとといったきたごえき。ふるいでんしゃのしゃしんやものがたくさんあってはじめて見るものばかりだった。「むかしはこんなものがつかわれていたんだなぁ」とふしぎなきもちになった。

わたしののるでんしゃのしゃしんや どうぐもこんなふうにのこるといいな。わたしの子どもやそのまた子どもにも見せてあげたい。

 

 

きたごえきが大好き

              木下 央絆(武生東小学校一年)

 

ぼくは、小さいころから、きたごえきにいっています。なぜかというと、でん車が大すきだからです。フクラムがくると、うれしくなるからです。ふくいてつどうは、ぼくの、たからものです。いつもおとうさんといっています。たまに、おとうさんといっしょに、はしってきたごえきにいっています。はしって、きたごえきまでいったらフクラムが、くるまで、まっています。まっているあいだは、おくのへやのてんじしつで、まっています。カンカンとなると、フクラムが、きたかなとおもいます。ぼくは、きたごえきが大すきです。

 

 

おもいでにのこるきたごえき

                小やぶ まな花(武生東小学校一年)

 

わたしはきたごにおもいでがあります。こどもえんのときにはきたごえきのイベントでよさこいをおどりました。みんながみてくれてとてもうれしかったです。おまつりにもいってぬりえをしたり かきごおりをたべたりとてもたのしかったです。

そんなおもいでのあるきたごえきをまいにちとおって学校にいっています。きたごえきはわたしにとってずっとおもいでにのこることでしょう。

 

 

ハートのつりかわ

               さとう ひかる(武生東小学一年)

 

 わたしは、いろいろないろのフクラムを見たことがあります。サクラいろのフクラムがはしるようになったとき、えきでじかんをしらべて、おうちの人とみんなで、サクラいろのフクラムに、のりました。でん車にのってすぐに、ハートのつりかわをさがしました。わたしは、まだとどかなかたので、おとうさんに、だっこしてもらって、つりかわを、もちました。ハートのつりかわは、とてもかわいかったです。いつまでもわすれません。

 

 

くらべたよきたごと西さばえ

               大下 真優 (武生東小学二年)

 

 北ごえきから、ばあちゃんと電車にのった。うんてんせきにモニターがある。青い新しい電車だ。西さばえまで三つ、スポーツ公園、家久、サンドーム西、のえき。おりた西さばえのえきには、ベンチが7つ、もあった、一つにはレッサーパンダの絵がかいてあった。

えきいんさんに、キップをわたした。

 帰りの電車はモニターがない古いものだった。のっているのは、十人、ほど。

ガタンゴトンガタンゴトン、ひびいていた。

三つ、のえきでおりた人は、一人。きたごえきでは、ぼくをあわせて三人、む人えきだった。ベンチは三つで、(少ないな)と思った。けれど自てん車は47

台もあった。木でできているきたごえきは、古いなぁと少し思った。

 

 

 

 

弟 そして南越線

                田中 育夫(鯖江市)

 

1954年 昭和29年9月17日午前2時

弟よ

君が この日この時

わずか6才の短い生涯を終えたことを私は忘れない

脳(のう)脊(せき)髄(ずい)膜炎(まくえん)と診断され 武生の医院でその病と対峙(たいじ)した君は

母の泊り込みの看病も空しく力尽きた

 

私の記憶に残っていないことがあった

息絶えた君は 武生からどうやって戸ノ口の我家へ帰ったのか

8才だった私そして兄

二人共70才を過ぎた今までそれがわからなかった

亡き父母からも聞かされていなかった

 

しかし弟よ

それがわかったのだ

2018年11月3日

長命だった叔父の葬儀の日

長く会うことの無かった親戚の老婦人から初めて聞かされたよ

 

我々のおじいちゃんの弟にあたるおじさんが

君を毛布でくるみ抱き抱えて

医院から南越線の社武生駅まで

当時は少なかったと思うタクシーで

そこから戸ノ口までは 君は南越線に乗った

おじさんの腕の中でね

 

電車はゆれる

ガッタンゴトン ガタガタゴットン

月並みな表現だけど

後に私も22才まで通学と通勤で味わった南越線の乗り心地

君にとって多分初めての南越線の旅

 

弟よ

ひょっとして君は心地良くて眠ってしまったのかも

そう思いたい

くるまった毛布の端 口元からのあたたかい吐息を吐きながらね

 

初秋の田んぼの中をひた走る南越線の電車

6才の身体の重みを腕に受けて

おじさんは君に何を語りかけたのかな

 

弟よ

応えてほしい

 

 

村国山

             堀田 泰子(鯖江市)

 

沿線は変化してゆく 街も人も

走り続ける人生の電車のなかで 

ガラムンガラムンと唄う子守唄は

私はどこへ行くのかという追及を眠らせる

そうしている間におバァになった

たっぷり夢の学生鞄は ボロボロ

底には薄汚れた青い心

凛々しい敬礼の車掌さんは

まつ毛の長いアテンダントに

胸奥によどんだ青春の名残と

胎内の深い所で響く あの頃の振動は

 

優しく鼓動を弾ませる 

オレンジ色の警笛を発し

真っ直ぐに行きなさいと渡り鳥に激励を送る

警笛はふわふわ雲を吹き飛ばし ウルトラマンが飛ぶ音になり

子どもはあどけない心で聞いていた

 

過去の扉を開け電車は

明るくカーブしてゆく

倒れまいとする手には赤いスティック

何か入れたはずなのに

何も入っていないリュックを背にぶら下げる

 

若人は変わらず

五十年前と同じくつり革にすがり

何かを掴もうとし 絶えず何かを見ようとし

前に向き颯爽と立っている

 

変わるものと変わらざるもの

動くものと動かざるもの

村国山は季節ごとに色を変え

幾度も幾度も眠りと目覚めを繰り返し

私を乗せて 揺れながら走り続ける電車を見ている

 

 

車窓

               浜本 はつえ(越前町)

 

明け切らぬ早朝の電車にひとり乗り込む

車窓が光を吸収しながら外景を映し出し

徐々に薄明かりを含む

梢の葉 一枚一枚に日光が反射し

スピードを上げて飛び去る

 

昨日までの闇に紛れ

古い因習を脱ぎ捨てて来た

今からもう我慢の無い世界へ旅立ちする積りだ

その代わり死ぬまで引きずる

孤独を道連れにして来てしまった

この煩わしさから解き放たれた自由と

あの煩わしさで絡まっていた温もりのようなもの

それは同時には手に入れられぬものだったのだ

どうしても

 

終わりがけの紅葉が山々から

裾野にかけて見え隠れする

やがて春までの休耕田を

車窓の後ろへ後ろへと置き去りにして進んで行く

眠り開けの家々から

次々と車が出て来て

同じ今日の方向へと走り出す

 

 

 

福鉄とバッハ

              松原 百奏(武生東小学校四年)

 

カンカンカン ふみきりの音

チンチンチン メトロノームの音

にているね

フクラムは時間どおりに出発して、とう着する

バッパの曲は同じテンポでひくことが大事

にているね

ハーモニーホール駅に向かう電車に乗って

今からバッパの曲をひきに行くよ

 

 

 

兵営駅から神明駅へ

              林 恒男(鯖江市)

 

私は今 福鉄神明駅のホームに立っている

低床車両の導入で ホームが低くなり

乗り降りも楽になった

大きなリュックを背負い

スマホをなぞっている高校生が見られる

もう受験の季節だ

 

神明駅は戦前 兵営駅と云った

駅西側の広い敷地に

明治三〇年 鯖江三六連隊が置かれ

福武電鉄が大正十三年に開通し

兵営駅は線路の東側にあったという

 

小学生の頃 入隊した叔父に面会するため

家族に連れられて 連隊に行った記憶がある

兵舎前の広場は 兵士や家族で溢れ

別れを惜しんでいた

徴兵期を迎えた若者が次々と招集され

ここから 戦地に旅立って行ったのだ

戦火に倒れ 再び故郷の土を踏めなかった人も

 

戦後は 中央駅と改称し さらに

鯖浦線の廃止に伴い 神明駅と改められた

駅近くの三六会館前には

煉瓦造りの営門が残されている

銃剣を捧げた門衛の雄姿が 目に浮かぶ

 

新制福井大学教養学部の

仮校舎や寄宿舎に

連隊の兵舎が利用された時期があった

友人の寄宿を訪ねた折に眺めた

キャンバスの桜がきれいだった

その後 連隊敷地の一部に

中央中学校の校舎が設置された

兵士を見守ってきた 老いたる桜木が

校庭の隅に残されている

 

 

 

 

 

微睡み

             大塚 響花(武生商業高校二年)

 

微睡みの中に身をまかせた

つないだ手は発熱している

神明駅で急激に電車内はガランとして

すっかり二人ぼっちみたいだった

 

夕焼けにヒビが入った

もう月が近づいているのだろう

私は急に不安になって

君の名前で喉を震わせた

 

月はきれいじゃなくていいから

せめて君の顔が見えるように

明るくてらしてほしい

 

微睡みにとらわれていたはずの

君の瞳があらわれて

目があつくなった

 

息をするのが嫌になって

君のカサついた唇にかみついた

 

君のぱっちり二重まぶたが

さらに大きくなったので

私は大変満足して

電車のゆれにまかせて

君の熱から身をひいた

 

もうすぐ北府駅につく

君の家からは遠いのに

きっといっしょに降りるのだろう

そんなことでまた満足して

微睡みの中に身をまかせた

冬の北府駅

              秋山 クィナ (武生東小学五年)

 

昔はもっと寒くって

もっと雪が降っていて

もっと子供がいっぱいで

もっと電車がこんでいて・・・・

 

北府は昔の駅だから

昔の景色がよく似合う

雪が積もるとうれしそう

子供が多いとうれしそう

満員電車がうれしそう

 

北府は昔の駅だから

昔のやさしいオレンジ色の

灯りがともってうれしそう

 

 

北府駅

           石田 羽奏 (武生東小学五年)

 

色んな景色を見ながら

春夏秋冬 どんなときでも 待っている

 

カランカラン カランカラン ふみきりの音

カランカラン カランカラン 電車の通る音

 

みんなの笑顔を見るために みんなを乗せてかけぬける

 

今日も止まるよ 北府駅

 

 

 

 

北ご駅の電車

              上田 沙弥 (武生東小学四年)

 

北ご駅の電車には

いろんな人が乗っている

学校に行く大学生や高校生

大人の人やおとしより

みんなつかれて北ご駅まで帰って来る

けれど電車に乗っていれば

みんなのつかれはふき飛んで

それぞれの愛する家族に会うことが出来る

 

 

 

ガタンゴトン

                いい田 まさひろ(武生東小学校二年)

 

ガタン ゴトン ガタン ゴトン

  ワクワクする メロディー

ガタン ゴトン ガタン ゴトン

  橋の上

ガタン ゴトン ガタン ゴトン

  近い山

ガタン ゴトン ガタン ゴトン

  子守唄

ガタン ゴトン ガタン ゴトン

  パパに 揺さぶられて

   着いたよ〜

 

今日は何を買ってもらおうかな

 

 

 

散文部門 選評    笠嶋 賢一郎

 

北府駅を愛する会賞

鯖浦線の思い出(十八歳の旅立ち)

              辻川 定男 (坂井市)

 

 作者は、高校を卒業して鯖浦線西田中駅から就職先の名古屋に向かう電車の中で母親のアドバイスを受けたことを懐かしく回顧する。歯切れのよい文章で本人の気持ちが素直に語られています。なかでも、母親との約束をいくつかさせられたが、それが守られたか検証するのがほほえましく読者に好感を持たせてくれます。最後の〆は、余韻を残しつつも哀愁を感じさせる見事なエンディングです。

〜鯖浦線がなくなって、45年経ち先日思い立って西田中駅跡に行ってみた。そこはバス停になっていて、電車の駅であったことを思いだすものはなにもなかった。ただ強い風が吹いていた。

 

優秀賞

アガペー          山田  みほ (武生商業高校二年)

  

 作者は、帰宅するのに電車を利用するが、その日はいつになく虚無感を覚えたとあるが、多分色んなことがあり虚脱感のような心理状態にあったようだ。その時、車内がやけに橙色になった。これは夕陽が社内に差し込んだことで、身体全体も橙に染まっていく感覚に襲われたのだ。下車してもその日の夕陽はまだあった。夕陽の橙は作者にとって、明日への希望となったようだ。最後の「明日も、もう少し頑張れる気がした。」が良いですね。心理の変化を、夕陽の橙によって象徴させる手法はなかなかのもので、素敵な一編です。

 

秀作賞

愛される電車        玉森  文子 (武生商業高校二年)  

 

作者は、北府駅から福井へ向かう電車の中で両親と一緒に乗った男の子の情景に、自分の弟の幼い頃の姿をダブらせてほのぼのとなる。特に男の子は電車が好きです。この時の作者の気持ちが自然と溢れて良い一文になりました。 最後の文章がそれを物語っています。「電車は幅広い世代に愛され、多くの人に夢を与えるものだと思う。これからもたくさんの人に笑顔を運んでいってほしい」

 

秀作賞

別れも旅立ちもみんな北府駅から始まる

              水間 愛七(武生東小学校五年)

 

 福鉄は、さまざまな人を運んでくる。別れも旅立ちも再会もみんな北府駅から始まる。簡潔で、電車を的確に表しています。「ほら、もうすぐ愛する人が帰ってくる」というフレーズがいいですね。

 

 

 

詩部門 選評      千葉 晃弘

 

福井県詩人懇話会賞

弟 そして南越線      田中 育夫 (鯖江市)

 

祖父の弟が亡くなった葬式の日に、兄弟ふたりがどうしても解けなかった謎が解けることになる。武生の病院で息が途絶えた弟がどうして戸ノ口の我家に帰ったのか。その大伯父が南越線の電車に乗って連れ帰った様子が、兄としての素朴な心情を込めて認めた逸品であると言える。

 

優秀賞

村国山           堀口 泰子 (鯖江市)

 

「変わる者と変わらざるもの 動くものと動かざるもの」の変化(へんげ)を村国山と車中の私に引き換えて、こんなに見事に詩にすることが出来る、驚きの詩文である。

 

秀作賞

車窓            浜本 はつえ(越前町)

 

 この詩も素晴らしい詩と言うしかない作品だ。車中から眺める朝の生活の始まり。また、自分の過ぎ越しかたに思いを伸べる。自由になれた自分と因習の中にどっぷり漬かったままの自分が対比して登場するのも見事な表現だ。

 

秀作賞

福鉄とバッハ          松原 百奏 (武生東小学校四年)

 

 この子の頭の中は、バッハの曲の演奏のことだろうか。ハーモニーホール駅へ向かう電車の中で、耳に入って来る音や響きは、なぜかバッハの曲の練習の時の音やリズムに似てくる。ふしぎだな。

 

 

 

 

短歌部門  選評     青山 雨子

フクラム賞     

               田中  夕葵 (武生商業高校 二年) 

 

駅ついて雪道歩く君の後ろ大きな足あとたどって歩く

                  

歌の最初が、「駅ついて」から始まりますから、作者は電車から降りています。けれども電車の動線が雪道へと繋がっていますね。移動する速さは電車に比べてゆっくりとなり、そこから時間の濃さが生まれます。男子学生の靴の足あとが新雪にハンコのように押され、それを見て少し後ろからついていく女学生の姿が目に浮かびます。足あとにすっぽりと入ってなぞっていく様子は、青春と雪の白さが相まって美しい風景となっています。

 

 

優秀賞

               佐々木  邦子 (鯖江市)

 

ボテさんの声高な会話とびかえる海の香のする鯖浦線車内

 

 ボテさんと鯖浦線についての歌はよく見ますね。鯖浦線はずっと前に廃線に

なってしまいましたが、このような作品が書かれ続けるのは、人々の心のなか

で懐かしく生きているからでしょう。今でも駅があった辺りは他の町とは違う

雰囲気が残っています。ボテさんとは魚を行商する浜の人のことで、女性が多

かったのでしょうか。声高という言葉からそれを連想させます。「会話とびか

える」という表現がいいと思いました。最初読んだとき、「会話とびかえる海

へ香のする」と読み違えました。とびかえる→海へ という躍動感が電車の揺

れと一緒になって感じたのです。読み直してみて、「海の香の」は、海のやさ

しい香り、という風に感じました。

 

 

秀作賞

              深谷  遥香 (武生東小学校 三年) 

 

カンカンとふみ切りの音聞こえたらもうすぐ着くよ北ごえき

 

ふみ切りの音は、降りる駅の近くではなおさらよく聞こえるのだなと、あら

ためて発見しました。電車がカーブを曲がるとき、電車と一緒に体が少し斜め

になりますね。その時に聞こえるふみ切りの音は、単純なカンカンではなく、

カンカアーンと聞こえます。この歌では、カンカンと表現していますが、この

「カンカン」を読んで、「カンクヮーン」「カンカカンカ」(降りるよ、さあ着いた)と鳴っているように私は感じました。

 

 

秀作賞

              渡邊  祐佳  (武生商業高校 二年) 

  

屋根のないホームで電車待っている雪が降る時傘も現る

                        

 ドラマチックな歌だなあと思いました。「屋根のない」で、まずドキッとしました。駅で屋根がないと吹きさらしの感じがするからです。そして「雪が降る」となっていますから、場面は冬ですね。――雨でなくてよかった。「雨」だと、ドラマチックはドラマチックでも、ちょっと暗くなると思ったからです。北陸ではなおさらです。ここを「雪」としたところで、傘が音もたてずにふありと現われた感じがしました。傘がひとりでに勝手に現れるのではなく、本当は人がさしているのですが、ここでは、まるで傘だけが雪のなか現われた感じがするのです。

 

 

 

 

俳句部門  選評     和田 てる子

 

福井新聞社賞

かさもってにいちゃんまつここ北府駅

浅野イアンルーカス(武生東小学校六年)

 

 お兄ちゃんは市外の学校に通っているのかな?雨が降ってきたけど、兄ちゃんはたぶん傘を持って行かなかった。そうだ北府駅まで迎えに行こう。イアンルーカスさんはやさしいね。そして「ここ北府駅」と言い切ったところが、イアンルーカスさんの北府駅に寄せる深い思いが表れて見事でした。

 

 

優秀賞

西日射す答え合せの指定席

               野尻 茂信(鯖江市)

 

 カルチャーセンターの帰りでしょうか・・はたまた高校生の試験帰りでしょうか。『指定席』は福井鉄道の電車の優先席かなと想像されます。 ここでは高齢者の方としましょう。晩学同志、声も大きくテストの答え合わせをしている姿が何とも温かく伝わります。「西日」「答え合わせ」『指定席』という措辞が、17文字という窮屈な制約の中で、季節・時間・行動・年齢などがはっきりと伝わり、まさに省略の効いた佳句に仕上がっています。

 

 

秀作賞

いもうととアイスをたべて電車待つ

               三石 叡仁(武生東小学校一年)

 

 「フクラム」にのってしんせきにでも出かけるのでしょう。電車が来るまで、まだちょっと時間があるからアイスをかってきた。駅の木のベンチで、ふたりなかよくならんでアイスをたべながら、フクラムの色あてごっこなどして、電車をまっているおふたりの会話が聞こえてきますよ。

 

 

 

秀作賞

見はるかす青田の中に無人駅

              佐々木 邦子(鯖江市)

 確かにこの頃無人駅が多いですね。見渡せば青田の中にぽつんと駅が見えている。無人駅の中には昔の姿をとどめている駅もあり、何か郷愁がありますね。邦子様には思い出溢れる駅かもしれません。青田の中に凛と立っている駅舎、ふるさとの歴史は勿論人の暮らしの歴史も秘めているのです。邦子様の来し方をも重ねられ、しみじみ思いを馳せられたのでしょう。

 

 

川柳部門  選評    墨崎  洋介

 

 第6回北府駅から始まる「愛の物語・愛の詩」の川柳部門には高校生603句、一般75句、計678句というたくさんの句が集まりました。圧倒的に高校生の句が多いのですが、ほとんどが同じ着想で通学電車と恋を結びつけたものばかりです。そこから一歩抜けようとすれば、あとは表現の差があるばかりです。一般の部では、高校生の句よりは取材範囲が広いなと感じられて、それは良いと思いました。ただおしいかな、表現が固い句が多いのです。そこは、高校生の柔らかな表現、たとえば会話体をつかったりとかして平易さを心がければもっと良くなると思いました。高校生の句、一般の句、両者の良いところを取り入れれば、このコンテストの意義が大いに生かされると思います。

 

武生商工会議所賞

急カーブ電車もジルバ踊ってる

              山本 一善(福井市)

 運転手さんだけが知っている急カーブ、乗客の皆さんには寝耳に水、たとえ毎日乗っていても心は家族のこと、仕事のこと、または今日のお昼は何食べようと考えている人々にとっては晴天の霹靂なのです。吊革といっしょになって突然ジルバを踊ることになります。次のカーブはやさしいワルツをおどりたいと皆さんこっそり思いました。

 

 

優秀賞

君見つけ私の気持ち満員だ

              岡田 菜々穂 (武生商業高校二年)

 

 たった一人で満員になるエレベーターのような乙女心なのです。もうすでにブザのドキドキ音が鳴って警告を発しています。このブザーは停車駅まで鳴り続くのでしょう。そんなことも知らずに君は一度もふり向いてもくれません。

でも明日も君の席だけは空けておくからね。

 

秀作賞

つり革があなたの手だといいのにな

              川崎 ももこ (武生商業高校二年)

 

 電車のつり革は丸か三角と思っていたらハート形のがあるんだって。でもどの車両にあるかはまったくわからず、偶然見つけてつり革を一緒に掴んだカップルは永遠に結ばれるんだって・・・。でも、そんなの飛び越えて「あなたの手だといいのにな」という率直な表現が激レアの都市伝説を吹き飛ばしてしまいました。若くて力強い表現の高らかな勝利でした。

 

秀作賞

特急電車通りすぎると花吹雪

              笠嶋 菜月 (武生商業高校二年)

 

 川柳的な誇張に詩情が乗っかっていてとても爽やかです。特急電車だからいいのです。絵が浮かびます。高校生の作品に川柳、俳句の区別は不要です。詩心(うたごころ)があるかどうかが一番大事なのです。これからも詩心を磨いてください。

 

 

 

 

(選考委員)                 北府駅から始まる 2019

墨 崎 洋 介        《愛の物語・愛の詩》作品集 NO6

和 田 てる子         平成三十一年四月六日発行

笠 嶋 賢一郎         編集・発行 北府駅を愛する会 

青 山 雨 子         発行者   竹内 伸幸

千 葉 晃 弘         事務所 越前市国府二ー一二ー七

奥 出 美代子              電話 0778-24-2024

 

 

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 第6回北府駅から始まる
「愛の物語・愛の詩 募集!」〜駅と電車に残る思い出〜

募集要項
【形 式】  詩・短歌・俳句・川柳・散文(800 などの形式は自由
【題 材】  北府駅・福武線電車、旧南越線、旧鯖裏浦線、電車に関する内容
【応募資格】 年齢・性別・国籍問わず
       応募点数に制限なし(ただし未発表のものに限る)
       出品料 無料
[応募方法]北府駅に設置してある応募箱
または事務局へメール、FAX、郵送してください
【応募期間】 2018年12月1日(木)〜2019年1月31日(火)
【審査日】  2019年2月上旬〜中旬
       ※入賞者にはハガキにてお知らせいたします。
       ※入賞者以外の方には連絡しないことをご了承ください。

【表彰式】2019年4月予定
・北府駅を愛する会賞(1点)
・福井新聞社賞(1点)
・フクラム賞(1点)

武生商工会議所賞(1点)

福井県詩人懇話会賞(1点)
・優秀賞(5点)
・秀作賞(10点)
・佳作(数点)

【お問い合わせ・作品送付先】
〒915-0076 越前市国府2-12-7
「北府駅を愛する会」 事務局〈愛の物語・愛の詩〉募集係
TEL:0778-24-2048 FAX:0778-24-2678
Eメール:nagaya-t@amber.plala.or.jp

個人情報は、「北府駅を愛する会」事務局で管理し、応募作品の問い合わせ、選考の結果通知、また、公募展の広報・案内のために利用し、それ以外の目的に無断で使用することはありません。ご返却希望の方は事務局までご連絡ください。

主催:北府駅を愛する会 後援:福井新聞社・福井鉄道株式会社
 

 

第8回ふくぶせんフェスタin北府駅が開催されます!

平成30年10月14日

AM10:30~PM3:00

荒天時は中止になります。

ミニ電車の運行・車両工場見学会や飲食・縁日コーナー、ステージイベント等

盛りだくさんの内容。

福武線1日フリー乗車券でご来場の方には会場内で使えるお買物券を進呈※先着100名様

粗品の進呈やふうせんも無料配布いたします。

ぜひお越しください!

 

平成30年9月2日(日)AM 10:00〜 PM 1:00

  雨天の場合は中止になります

<催しの内容>

☆ 金管バンド生演奏 (武生東小学校)

☆ よさこい (浪花認定こども園)

☆ キッズダンス (武生東公民館)

     

縁日コーナー、やきとりなどの食べ物と生ビールも販売します

縁日広場へお越しください。

主催:北府駅を愛する会

共催:仁愛大学 金田研究室 ・ 武生東公民館

後援: 福井鉄道  ・  福井新聞社

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平成30年8月5日(日)PM6:30〜PM8:30

雨天の場合は中止になります

<催しの内容>

☆ 書道パフォーマンス : 武生東公民館 書道教室

☆ 生バンド演奏 : 大越佑華&佑華band

縁日コーナー、スーパーボールすくい など

やきとり、の食べ物と生ビールも販売します

どうぞご家族でお越しくださいませ(^^)ニコ

主催:北府駅を愛する会

共催:仁愛大学 島岡研究室 ・ 武生東公民館

後援: 福井鉄道  ・  福井新聞社

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  6月3日(日) 午前11時 ~ 午後1時  雨天は中止にまります

 場所  : 福井鉄道北府駅前広場

 催し物 :  ハワイアンフラダンス

       ☆ フォークバンド

       ☆ ヨガデモ(初心者向)+キッズダンス 

       ☆ ベリーダンス

       屋台も出ます、焼き鳥、アイス、飲み物など

       どうぞお待ちしております

   主催: 北府駅を愛する会  TEL 0778-24-2048

    共催: 武生東公民館

    後援: 武生商工会議所 ・福井県詩人懇話会 ・福井鉄道  ・  福井新聞社

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  ☆ 残念ながら雨が予想されますので、中止になりました。

   どうぞよろしくお願い申し上げます。

   サクラを観る会  

  4月8日(日) 午前11時 ~ 午後2時 雨天は中止にまります

 場所  : 福井鉄道北府駅前広場

 催し物 : 「愛の物語・愛の詩」表彰式

      日本舞踊・和太鼓「仁」

      茶席(茶遊会) 縁日コーナーあります

      屋台も出ます、焼き鳥、ラーメン、広島焼き、飲み物など

      どうぞお待ちしております

   主催: 北府駅を愛する会  TEL 0778-24-2048

    共催: 武生東公民館

    後援: 武生商工会議所 ・福井県詩人懇話会 ・福井鉄道  ・  福井新聞社

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北府駅から始まる 2018年 No5

《愛の物語・愛の詩》作品集 受賞者の皆さん

おめでとうございます。 

表彰式  48日(日)午前11時〜  福井鉄道 北府駅前広場にて

 雨天の時は〈駅ギャラリー〉

 当日、北府駅を愛する会 主催 「桜を見る会」開催 (雨天中止)

 

散文部門

北府駅を愛する会賞

  驛舎          桂 文弱   (越前市)

優秀賞

  サクラ舞う       曽根 將光  (越前市)

秀作賞

  エンカレッジ      中川 桂太  (武生工業高校二年)

  ショートストーリー   山岸 文男  (越前市)

  北府駅でのイベント   秋山 クィナ (武生東小学校四年)

佳 作

  おばあちゃんちへいったよ 

はたけなかあきたか(武生東小学校一年)

  えいが         上田 はな  (武生東小学校一年)

  お姉ちゃんたちをたすける北府駅

              魚谷 篤寛  (武生東小学校三年)

古い歴史ありがとう   小形 あけみ (武生東小学校五年)

  ユニバーサルスタジオのキャラ電車

 前田 蓮月  (神明小学校四年)

  車窓からの景色     山田 心春  (神明小学校四年)

詩部門  

武生商工会議所賞

   プラットホーム     上坂千枝美     (越前市)

優秀賞

   雪と北府駅        淵田 静江      (福井市)

秀作賞

  習慣           大塚 響花    (武生商業高校一年)

  1本見送った      中川 桂太     (武生工業高校二年)

  ライフワーク      小川 洸     (福井南高校二年)

佳 作

  はるになった      つじ みなと   (武生東小学校一年)

  わたしのあさ      小がたももこ   (武生東小学校一年)

  きたごえき       大下 まひろ  (武生東小学校一年)

  なきやまない時     みや田ゆうか  (武生東小学校二年)

舞踏会         板谷 萌々華    (武生東小学校五年)

電車の車庫        角所 あかり  (武生東小学校六年)   

とにかく走る      北野 佑佳     (神明小学校四年)

短歌部門

福井県詩人懇話会賞

 満月を揺れる車体で見てる君月がきれいと君だけに言う

             加藤  周  (武生商業高校二年)

優秀賞

 肩にのる君の寝顔を見るだけでやわらかくなるアイスクリーム

             渡邊 祐佳  (武生商業高校一年))

秀作賞

 温かくハグするごとく座布団を椅子に乗せたり武生新駅

             竹原 千家夫 (鯖江市)

 笑い声きいてるだけでふわふわとハートがうかぶ電車たち

             竹越 鈴夏  (武生東小学校六年)

佳 作

 ぼくはきたごえきからふくいまで行って見たいです

             前川 ひろと (武生東小学校二年)

 衣替え重く感じる冬服の朝の電車はタンスのにおひ

             舘  栄一  (越前市)

 朝早くゆっくり駅に停車する赤い君は私の片恋

             玉森 文子  (武生商業高校学校一年)

 北府駅無人のホーム隣では休む車両で賑わう電車庫

             中出 和樹  (武生商業高校一年)

 通学の破れ硝子の運転席戦争最中の福武の電車

             五十嵐 一豊 (鯖江市)

 駅名の古き標識撫でてみる高校生吾は見もせざりしに

           佐々木 邦子 (鯖江市)

俳句部門

福井新聞社賞

 北府駅空に花ふけば春の宮

           角所 ほのか (武生東小学校四年)

優秀賞

 古きよき町のげんかん北府駅

           石坂  仁  (武生東小学校四年)

秀作賞

 乗ればほらさくらちりゆくまどの外

           山下 藍生  (神明小学校四年)

 無人でも頭に桜乗せてます

熊野  悟  (福井南高校一年)

 念願の電車通学桜さく 

水上 潤子  (越前市)      

佳作

電車から景色をみると風流だ

           内田 そう太 (神明小学校四年) 

 きたごえきにしやまいってパンダみた

           林 ひまり (武生東小学校一年)

 フクラムが通ればみんなふりかえる

           成田 航志郎 (武生東小学校三年)

わくわくとでんしゃみにゆくきたごえき

          ほう田のぶき (武生東小学校三年)

フクラムは夢がふくらむたまて箱

          山田 ゆうと (武生東小学校四年)

静かさや小雪舞う日の北府駅

          上島 迦羅  (武生東小学校六年)

歴史ありテレビにも出た北府駅

        サンチャーゴエリン(武生東小学校六年)

車窓より存分に見る秋落?

          佐々木 邦子 (鯖江市)

 郷愁を誘う秋野の駅舎跡

          草笛 雅也  (福井市)

川柳部門

フクラム賞

 北府駅君おくり出す私とさくら

           橋本 結生 (武生商業高校一年)

優秀賞

 常備薬乗せてガタゴト夫婦旅

           舘  悦子 (越前市)

秀作賞

 大雪で恋も電車も行き止まり

           竹澤 亜南 (武生商業高校一年)

 青春の蹉跌北府はほろ苦い

           巽  俊一 (鯖江市)

佳 作

 入試への緊張走る福武線

           中川 桂太 (武生工業高校二年)

北府駅君の隣は空いてるか

          玉村 古都 (武生商業高校一年)

 乗り過ごし君と笑った北府駅

           上坂 麻梨也(武生商業高校二年)

 恋花火二人を照らす北府駅

           加藤 優希 (武生商業高校一年)

君の声僕のココロは満員だ

           佐々木 雄大(武生商業高校二年)

無人駅降りた瞬間一人きり

           山田 茉鈴 (武生商業高校一年)

プラットホーム

              上坂 千枝美(越前市)

 

帰省

大学四年の夏休み

来週から後期が始まる

幼なじみからの突然の電話

 

 就職先 決まったよ

 俺 東京勤務になるんや

 

思いがけない報告に

内定式を待つ緊張がフッとほどけた

来春私達は東京で社会人となる

 

冬季通学に使った福武線

待ち合わせは北府駅

武生は同級生が住んでいる街

古びた映画館

派出所の隣には

後輩の酒屋さん

お総社

お蕎麦うるし屋

何もかもそのままなのに

福井弁が照れくなった私だけが

変わってしまったようだ

 

おろし蕎麦をお代わりして

近くの居酒屋の暖簾をくぐり

再会の乾杯と他愛のないおしゃべり

高校時代の些細な瞬間がよみがえる

時計に視線を落とすのを躊躇っていると

帰りを急がすように

雨が降りだした

 

北府駅のホーム

木のベンチに腰掛ける

慣れた手つきでタバコをのむ横顔が

急に大人びて見える

言葉が途切れた

二人の距離を測るように

二両電車が近づいてきた

彼が急に私の傘を奪って言った

 

 この傘が左に倒れたら

 もう一軒飲みに行こう

 反対に倒れたら

 あの電車で帰ろう

 

傘に託した思いは

バサッといって

引き裂かれた

 

私が平気なふりをしたから

電車は切り離された

未来が背を向けて

上りと下りに走りだす

 

何も知らないで通っていた高校時代

昭和が終わることも

それっきりになることも

 

雪と北府駅

             淵田 静江(福井市)

 

雪が風に煽られて

舞いながら乱れ落ちていく。

時折駅舎の中まで雪が舞い降りて来る。

北府の駅は雪の中

何もかも白いレースで包み込んでしまう。

吐く息は柔らかい綿のようです。

聞えて来るのはホームに滑り込んでくる

電車の息使いと

発車のドアの閉まる音

誰も喋る人もなく

時間だけが流れて

ただ雪だけがしんしんとホームに降り積もる

冷たいベンチに腰掛けて天井を見上げたら

泣きそうになった。

薄明りに照らされて

昔活躍した道具達が整然とガラスケースに

並べられていた。

彼らは役目を終えてここで

仲間達と自慢話をしているだろう。

今夜私はここから旅にでます。

一人暖かいところへ一人旅です。

電車はまだ来ません。

北府駅は静かな長い夜を迎えます。

雪がボタン雪に変わりました。

コートの襟をたててベンチに深く

腰を下ろした。

後五分で電車が来ます。

 

習慣

              大塚 響花(武生商業高校一年)

 

いつもの駅

いつもの光景

学校へ行く私と座る女性

膨らんだお腹を

愛おしげに撫でた

 

日に日に膨らむお腹が怖かった

簡単に消えてしまうような

危うい雰囲気を孕んでいるようで

 

駅の時刻表は5分後を表示していた

 

もし電車が満員だったら

もし電車のゆれで転んでしまったら

そんなことを考える

ああ 彼女がせめて一人でなければ

お腹を守る彼女を守る人がいないじゃないか

 

ただ 同じ駅から同じ電車に乗るだけなのに

 

席が空いているなら譲ろう

転倒しないように少しだけ見守ろう

そんなことを考える5分間

この5分間の心配が杞憂におわればいい

 

1本見送った

             中川 桂太 (武生工業高校二年)

 

 木造りのあたたかみのある駅舎の北府駅。懐かしい雰囲気につつまれて 1本列車を見送った

 

 春の北府駅には桜が咲く。そういえば福武線には桜色の電車が走っている。桜を見ていたら乗りたくなって、1本電車を見送った。

 

 夏の北府駅は暑い。早く涼しい列車に乗りたくてうずうずしてしまうけど、駅にはドリンクの自販機の他にアイスの自販機も。ついお腹を壊して1本列車を見送った。

 

 秋の北府駅にはちょうど福鉄感謝祭がある。電車もバスも大集合。秋晴れの空の下、1本電車を見送った。

 

 冬の北府駅の寒さ、暖かい飲み物片手に列車を待っていると、寒さに耐える駅舎に「寒いねぇ」と心の中で話したくなる。それでやっぱり1本列車を見送った。

 

列車を1本見送りたくなる駅、私たちの北府駅。

 

ライフワーク

            小川 洸(福井南高等学校二年)

 

僕は走るよ ただ走る

敷かれた二本のレールの上を

僕の仕事に代わりはない

お客さんを乗せてひたすら走る

それが僕の役割だ

僕はずっと走るだけ

別の仕事はできやしない

レールの上しか走れない

それでも僕はただ走る

でも悲しくはないんだよ

嬉しいことがあるんだよ

それはお客さんの笑顔

はしゃいでいる子供

おしゃべりしている大人

僕はそんな人たちの

笑顔を見るのが大好きだ

笑顔を見たくて走るんだ

僕は福井で一生を

終えるためただ走るんだ

 

はるになったら

             つじ みなと (武生東小一年)

 

ぼくは四人かぞく。

おとうさん、おかあさん、ぼく、おとうと。

そして、もうすぐあかちゃんがうまれて、五人かぞくになるよ。

ぼくと おとうとは、でん車が大すき。

いつも、きたごえきででん車を見ているよ。

はるになったら、あかちゃんにもフクラムを

見せてあげたいな。

 

          

わたしのあさ

                      小がた ももこ(武生東小一年)

 

おはようと

みんなでしゅうだんとうこう

いつもおなじじかんにあうね

さくらいろのふくらむでん車が

いちばんすきだよ

わたしもでん車も

げんきにはしるよ

 

きたごえき

 

             大下 まひろ(武生東小一年)

 

きたごえきにいってみた。

えきのホームに、

しろいでん車がとまって

二人の人がおりてきた。

えきの中に、

おきゃくさんが五人まっていた。

ぼくは、あたらしいでん車にのって

ふくいへいきたいとおもった。

雨の日のきたごえき

 

なきやまない時

             みや田 ゆうか(武生東小二年)

 

ポッポを見るとなきやんだ

おぼえてないけど、きたごえき

なんだかやっぱりなつかしい

ガタンゴトンときたごえき

 

舞踏会

             板谷 萌々華 (武生東小五年)

 

ふわりふわりまいおどる

小さいゆきがまいおどる

けれどでんしゃで見るとちがう

景色がちがう

なんでだろ

あ ゆきたちがいつもとちがって舞踏会をしている

楽しいな楽しいなっていっている

ガタンゴトン

でんしゃの外の舞踏会

雪のようせいがみんなで笑ってとってもすてきなダンスをする

楽しそう

 

北府駅の電車

             角所 あかり(武生東小六年)

 

カタコトカタコト

電車の音がひびく

いっしょにひびくいとこの笑い声

カタコトカタコト

電車の音がひびく

いっしょに感じる福井の風景

カタコトカタコト

電車の音がひびく

ここちよい音がひびく 北府駅の電車

 

とにかく走る

             北野 佑佳(神明小学校四年)

毎日、毎日走る

とにかく走る線路の上を

 

ガタゴトガタゴト音をたて

とにかく、とにかく、とにかく

ああいい気持ち

 

驛舎

              桂 文弱

 

 たしか志賀直哉であったと覚えているのだが、子どもが路面電車にはねられたが上手く電車の前面に取り付けた網に掬(すく)われたのでたいしたけがをせずに済んだ、という場面が描かれた小説を読んだことがある。

「路面電車の前面に取り付けられた網」と聞いてわたしは、福井鉄道の肌色と紺色で塗装された電車を思い浮かべたのだが、毎日乗る電車にそのような救助網が取り付けられた車両は見当たらない。

また、北府の驛舎(えき)に併設されたギャラリーに展示されている昔の写真を見ても、それらしき物が取り付けられている電車は一台もない。説明文にも救助網について言及したものはなかったから、これはおそらくわたしの記憶違いなのであろう。

 北府の驛舎は建て替えられて小綺麗になり、何時の間にか埋められて無くなってしまったが、昔、西武生と言う名で駅員がいた時分には、ホームの端に小さな池があったのだ。そこに泳ぐ赤い金魚を眺めるのが好きで、学校に上がる前のわたしは、祖母にせがんでよく連れて来てもらったものだった。

そして、西武生に来るたびに祖母は、この驛舎は大工をしている祖父が建てたのだ、とわたしに話して聞かせるのが常だった。

「驛舎やら学校やら、武生の大きな(いかい)建物(たちもん)は、ぜんぶおじいさんが拵(こしら)えたんやざ」

 改めてギャラリーに掲示されたパネルを見てみると、武生新から神明まで電車が通るようになったのは、大正十三年とある。ならば、西武生の驛舎が竣工したのも同じころであろう。

 大正十三年と言えば、明治末年生まれの祖父が小学校を終えて間もないころである。祖父は、大工とは言っても見習いを始めたばかりであろうから、驛舎を「建てた」というのはいかにも大げさで、せいぜいが建てるのを手伝った、というのが本当のところではなかったか。

 その祖父が、電車ではなく車にはねられて入院したのは、わたしが、これはどうやら本当に「祖父が建てた」木造校舎の中学を卒業し、高校に入学した年であった。

 最近の車には、電車の救助網ではないが歩行者保護用のエアバッグが付いた車種もあると聞くが、三十年余りも昔にはそのような車があるはずもなく、車体に、次いで路面にしたたか体を打ち付けた祖父は、一命は取り留めたもののその後長きにわたって入院生活を送ることを余儀なくされてしまった。

 そのころは昨今のように長期の入院について煩いことはなかったのか、祖母はずいぶんと長い間、福井の赤十字病院、転院してからは鯖江のリハビリ病院まで、祖父の看護に通ったものだった。

 赤十字病院は、福井新の驛舎からほど近く、電車で通うのに便利であったのだが、リハビリ病院の方は、最寄りの西鯖江の驛舎からずいぶんと距離があった。

 高校を終えたわたしが免許を取ってからは、都合が付けば車に乗せて行くこともあったが、それ以外の日は、祖母は長きにわたり毎日電車で西鯖江の驛舎まで行き、そこから歩いて病院まで通っていた。

 祖父はリハビリ病院に十年余り入院し、二十年ほど前にその病院で亡くなった。

 亡くなるひと月ほど前に、わたしは近々妻となる予定の女性を連れて祖父を見舞った。体のあちらこちらをチューブや何かで様々な医療機器につながれた祖父は、孫が結婚するということを理解したのかしなかったのか。あいまいな微笑みを浮かべ、うなずいたことを覚えている。

 祖父が亡くなってからは、祖母が病院に通うことはなくなったが、それでも浅水や水落に嫁いだ娘たちのところへ、月に一度くらいは電車に乗って訪れていたようである。

 その祖母も十年前に身罷った。

 以来、福井鉄道の驛舎と我が家との関係が途絶えたかというと、そんなことはなく、腰が定まらず二、三年で職を変わってばかりいるわたしであったが、ここ五年ほどは福井市に職を得、その会社に勤め続けていた。会社は驛舎からほど近い場所にあり、便利が良いものだから、毎日電車で通っているのである。

 

 さて、今年の正月明けの土曜日のことである。

 土曜は本来であれば会社は休みなのだが、どうしても連休明けまでに片付けねばならぬ仕事があり、わたしは休日出勤をした。仕事は思ったより早く終わり、まだ日の高い間に帰りの電車に乗ることができた。

 通勤通学の時間帯ではないためか、電車はカラフルな色合いの乗車定員の少ない車両であった。そのため、さほど多くの乗客があるわけでもないのだが、車両の中はほどほどに混み合っていた。といって座席に座れないほどでもなく、わたしは進行方向とは反対向きの席に腰を下ろし読みかけの本を広げた。

 JRを利用すれば、福井駅まではもっと早く行けるのだが、そこからは職場までが遠い。車で通勤すれば、帰りに好きに寄り道をすることはできるが、本を読むことは適わない。結局、ゆっくりと読書を楽しめる福井鉄道の電車で通うのがわたしには一番なのだ。

「ばぁちゃんは、かたいけの?」

 不意に声をかけられ、本の世界に没入していたわたしは驚いて顔をあげた。

老婆がわたしの横に腰を下ろそうとしている。

どうやら電車は西鯖江の驛舎に停まっているようだ。ここでは行き違いをするため少しの間停車することになる。

 祖母の知り合いであった人であろうか、と尻をずらせて端に寄りながらその小柄な老婆を窺うと、曲がった腰や顔や手のしわなどから、存命であれば百歳に近い祖母とさして違わぬ年齢に見えた。

わたしは老婆に、祖母はもうずいぶん前に亡くなったのだと告げた。

けれども、わたしの言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、老婆は、つい先日ここ西鯖江の驛舎で祖母に会ったときの話をし始めた。

「ばぁちゃんも、ごくろうさんなこっちゃの。おじいさんのとこに、まいにちかよってなさるんにゃろ」

 そんなはずはない。

 祖父の方は二十年も前に亡くなっているのである。祖母が電車で毎日通っていたのはそのころの話なのだ。

老婆は、もはや二十年前と昨日とを混同しても仕方のない年齢であろう。あるいは誰か他の人勘違いしているのであろうか。

 わたしは老婆の言葉に反論せず、あいまいに微笑み、

「ええ、おかげさまで」

と、どうとでも取れる答えを返した。

 すると老婆は、わたしの顔を下からしげしげと見上げ、

「あんちゃん、わろたかおが、おじいさんそっくりやの」

と言うのだ。

どうやら老婆は、祖父のことも知っているようだ。もしや親戚の人なのであろうか。人付き合いの苦手なわたしは、叔父叔母くらいまでは分かっても、大叔父や大叔母となるとさっぱりなのだ。

武生方面からの行き違いの電車が、軋む音を立てて反対側のホームに入って来た。

肌色と紺色の二色に塗装されたその大きな電車に目を遣り、わたしは息を呑んだ。車両の前に、救助網が取り付けられていたからである。

思い違いではなかったのだ。やはり救助網の付いた電車は存在したのだ。

気が付くと、わたしと老婆が乗っている電車も最新のカラフルな車両ではなく、何時の間にか昔の大柄なそれになっていた。この電車の前面にも救助網は付いているのであろうか。

窓の外に目を遣るとそこには、公民館が併設された鉄筋コンクリート造りの二階建てではなく、祖母が毎日病院に通うために乗り降りしていたころの木造平屋建ての西鯖江の驛舎が見えた。

二十数年、時が巻き戻されたかのようであった。

わたしと老婆を乗せた電車が動き始める。

西鯖江は、祖母が十年間毎日乗り降りをした驛舎である。病院から帰るのは、いつもこのくらいの時間であったやもしれぬ。

 そして、その日、一月六日は祖父の命日であった。

 わたしは、あるいは祖母はまだ毎日電車で祖父を見舞いに通っているのかもしれぬ、などと埒もないことを思いながら、百歳に近いと覚しき老婆と並んで座り、祖父が建てた西武生の驛舎へと電車に揺られた。

 

サクラ舞う

              曽根 將光

 

 四月初旬の日曜日、私は福井鉄道の一日フリー切符を購入し、今日一日をサクラ三昧することに決めた。

 朝、八時台の福井市方面行き急行に乗車する。今日は日曜日と言う事もあって学生たちの姿はなかった。

 春、福井市・越前市間を走る福井鉄道沿線は淡いピンクのサクラが咲く。私はサクラを車窓から眺めるために左側の席を選択した。計画は昨夜の内に決まっていたが、再度、確かめた。案の定、電車からは素晴らしいサクラの風景を見ることが出来た。

 四十分ほどで福井市内に入ると裁判所前で下車することにした。サクラが植えられた歩道をNHK福井放送局まで歩く為である。歩道には淡いピンクの花が咲いていた。何だか嬉しそうに感じた。

 そういえば中学生の頃、「櫻」と言う漢字を覚える時に《二階の女が木(気)にかかる》と覚えたことを思い出した。今日のサクラは、その二階に相当する場所に咲いている。先人たちは実にユーモアセンスがあった気がする。

 街ではあちこちでサクラを見ている人がいた。歩くこと十五分、カメラ片手にシャッターを押してはサクラを鑑賞した。楽しかったのは、時々、風に吹かれてサクラの花びらが空から舞い落ちて来たことだ。

 NHK前の歩道まで来た時、私は県庁にあるサクラが見たいと思った。早速、横断歩道を渡り緩い傾斜の坂道に向かった。

 福井城址がある県庁内に入ると、お堀の水面にサクラが映り、素晴らしいコントラストを演じている。私は福井県警ビル裏手にある大きな石の階段を上り枝垂れ桜の写真を撮った。それから今年、造られた井戸の櫓を拝見した。それが終わると御廊下橋でサクラを楽しんだ。意外だったのは、まだ早い時間帯なのに、サクラを鑑賞する人

が大勢いたことだ。

 今度は足羽川沿いのサクラを鑑賞する為に、福井鉄道市役所前停留所まで歩いた。私は角のコンビニで二個のオニギリとお茶を購入した。この駅舎は来年あたり位置変更が決まっているらしい。市民の利便性を考えたいいアイデアを思う。

 足羽川まで来ると、橋を渡らず浜町という地名のサクラ並木を歩いた。さすがにサクラの名所である。目の前には足羽山と足羽川の堤防沿いのサクラを眺めた。淡いピンクに染まり最高と思った。それから「幸橋」を渡ると歩道には沢山の人の姿があった。河川敷にはテントが並び、たこ焼き、焼きそば屋の旗が揺らいでいる。この時期だけの福井市の風物詩である。

 足羽山、足羽川、日野川、そして東には奥越の残雪が目に入った。私は福井と言う街は川の流れをうまく利用してつくられていると強く感じた。

 再度、電車通りまで歩いた。今度は日赤病院へ向かって歩いた。訳は、途中、足羽山の下を通るトンネル近くに植えられたサクラ並木を見るためである。案の定、サクラの木も太くなっていて素晴らしい景観を見せていた。

 この日、私は「おさごえ民家園」で長い休憩を取った。

 暫く鑑賞して、再び日赤前を通り福井鉄道の電車に乗った。目指すは鯖江市の西山公園のサクラである。それにしても、日曜、祭日に販売されている五百五十円で一日が遊べるとはなんとお得な電車だろうかと、しみじみ感じた。

 再度、電車に乗ると鯖江市の西山公園口に着いた。この駅は無人駅である。私は運転手にチケットを見せると旧国道八号線に向かった。あちこちの住宅の庭にはモクレンの花も咲き春の訪れを告げている。私は淡い紫の歩道橋を渡ったところで立ち止まった。個人的にはこの場所から見るサクラが西山公園では最高のポジションではないかと思った。

 今度は「道の駅」を見ることにした。幅の広い階段をゆっくり降りて行った。道の駅でソフトクリームを食べ終わると、私は西鯖江駅に向かって歩いた。

 最後に西鯖江駅から武生行きの電車に乗った。今日、最後に観るサクラは越前市の日野川河川敷のサクラ並木である。

 武生駅に着くと私は地下道を渡り日野川へと向かった。その時だった、コンビニで買ったオニギリのことを思い出した。サクラの美しさに見とれていた為、食べることを忘れていたのだ。

 河川敷のベンチまで歩くと、私はお茶とオニギリをリュックから取り出した。そして日野川を挟んで咲いている村国山のサクラを眺めた。福井市のサクラとも、鯖江市のサクラとも違うサクラに感じた。越前市の日野川河川敷に咲くサクラも素晴らしかった。私はベンチに腰掛けまだ使える福井鉄道の一日券をポケットから取り出し、今日一日、私を楽しませてくれたことに感謝した。その時だった、淡いピンクのサクラの花びらが風に吹かれて飛んできた。私はその花びらを右手で拾い上げると左の掌に乗せてみた。何だかサクラ貝のように見えた・・・・。

 

エンカレッジ

              中川 桂太

 

 鉄道ファンの私は、よく学校帰りに北府駅で電車を撮っている。いわゆる「撮り鉄」だ。私の大好きな駅、北府駅で電車を撮っているときはとても心が落ちつく。電車は基本的に年中無休で働いている。運転手さんや駅員さんには休みがあっても電車は毎日が仕事だ。学校で辛いことや嫌なことがあって、もう行きたくないなと思ったら、北府駅に来ている。電車は仕事に文句を言わない。その姿に私は元気付けられて、「明日も頑張るぞ」という気持ちになる。私は、彼らがかっこよくて仕方がない。私はついつい彼らの働く姿を写真におさめてしまう。しかし、車庫の方には引退してしまった610形が留置されている。彼はその場から一歩も動くことはなく、ただ一点を見つめている。きっともっと走りたかったと思っているであろう。電車は私を元気づけてくれるが、私は彼を元気づけてあげたい。そんな気持ちで彼にもカメラをむけている。北府駅は、私にとってはまさに「エンカレッジ」という言葉が似あっている。

 

ショウトストーリー

              山岸 文雄

 

       1

 新幹線「きらめき」で、金沢駅に着く。そして十分待ちで、特急ダイナスティに接続され、福井駅に向かう。北陸各地で募集された団体旅行は、ここで最後の添乗員のあいさつを受け解散となる。「後ろの方は、気を付けてお帰り下さい」と言われ、普通乗車券を渡される。いつもながら何となく疎外感を感じ、疲れが出てくる。今回も、同様に福井駅での解散であった。そのため列車を待つ間、駅前の恐竜像を見ようと思い駅舎を出る。しかし見るだけではほんの数分で時間を潰すまでにはならない。喫茶店でもと思うが、旅の疲れか足が進まない。そんな時、都合よく電車が入ってきた。見ると越前武生方面となっている。そこで、JRの乗車券はあるが、電車で帰ってみようと思い、急ぎ小走りに、そのまま飛び乗った。乗ると同時に、扉が閉まり動き出した。ホッとして、どこにすわろうかと車内を見渡した時、声が掛けられた。

「山岸君、山岸君じゃないの」

「・・・・・」

「私よ、覚えていない。思いださないの」と、さらに

「ほら、高校の時、西武生の駅で・・・」と言われて

「あぁーー、そういえば・・・」かすかに記憶が戻り

「随分と前のことだけにすぐには思い出されなかった」と言い、座席に腰を下ろした。

「乗り物は、進行方向に座らないと酔う時があるで、ここでいいか」と言う頃には、鮮明に、あの頃の苦い思い出が浮かんできた。

「お互い変わったから、すぐには思い出せなかったよ」

「私は、すぐにわかったわ。でも嬉しいわ、こんなところで会えるなんて・・・私、そんなに変わった」と聞くから、当時は遠慮のない仲でもあったこともあって

「全く別人だよ。年を取ったのか、苦労したのかだな」

「少しはお世辞にも、面影があるとでも言うのが普通じゃないの。相変わらず野暮なんだから」と言うので

「そんなに性格は変わらないよ。だからあの当時も、あまりもてなかったんだ」

「それにしては、色々と噂は聞いたけど・・・覚えている、私にも声を掛けたこと・・・」

「それは思い出した。あの頃は少し強引だったなと自分でも後悔する時がある」

「ただ声を掛ければいい程度だったじゃないの。もっとアプローチしてくれたらと思ったことも・・・・」

「まぁ、それだけ純情だったんだ」と応じた時、急に睡魔が襲ってきた。電車の揺れが眠気をもたらしたようだ。

「ちょっと、長旅をしたので眠い。悪いけど少し寝させてもらう・・」と言い、目を閉じた。

         

         2

 何かに揺れ動かされたように、目を開けると、電車が動いていた。

「あぁ――」と思い出したように、横を見ると

「起きたのね、随分、疲れていたみたいね。もうすぐ家久駅よ」

「じゃあ、もう下りるのか、悪かったな」と言うと、

「あの頃は、家久で降りたけど、今日は、北府、昔の西武生で降りるのよ。たまにだけどね」

「あれから、お互いいろいろあったみたいと思うけど、少し話せばいいんだがな」

「自分勝手ね。でも許してあげる。じゃあ、次の北府駅で降りるなら、少し話せるわ。無人駅だけど、おしゃべりするにはいい場所よ」

「うん、降りるよ」

「月もきれいに見えるわ。何となく風情があるから好きなの」

“駅でのデートも悪くないな”と期待をした時、

「でも十分位しか駄目よ。娘が迎えにくるから」とはぐらかされる。それを、

「十分もあればいいんだから」

電車を降りて、駅舎側のベンチに腰を下ろす。

「じゃあ、私から聞くわよ。あの時、なぜあなた、ここにこれなかったの」

「あの時のこと忘れてなかったのか・・・、そうだな、君とここで待って、家までおくっていく約束をしていたことだろう」

「そうよ、私、それなりにときめいたのよ。それが電車二本待ってもこなかったのよ。どれだけ傷ついたかわからなかったの」

「あれは悪いことに、職員室に呼ばれ、長時間説教されたんだ。それでどうしようもなかった。普段、目立たないだけに本性はこれだとは思わなかったと、当時の担任から厳しく言われていたため、間に合わなかった」

「それって、修学旅行の時のこと」

「うん、まぁそんなところだ。何でも行動が目に余ったと言われて厳重注意された」

「そのことは後で私も知ったわ。信じられなかったけど、問題はあなたが何も説明してくれなかったことよ。しかも、その後は、会っても知らない感じで、今も思い出すと、ショックだわ」

「本当に、どうしようもなかったんだよ。無責任だけど、そうとしか言い様がなかった。でも、いまここで言えたので、よかったよ」

「・・・・・」

「あのあと親父も学校に呼び出されて、相当に言われたことも聞いた。でも、そのことを親父は何も言わずに、黙っていた。その程度は許していたのかな・・・」

「もう時間よ。娘が来ているから、私、先に行くわ。ごめんなさい。でも会えてよかった。・・じゃあ、最後に一首

  “星月夜 君と出会えし 語る日は 互いに秘めし 思い出残る”」

「返すわよ。

  “今世の 思いのたけを 語る駅 予期せぬ君と 溶ける淡雪」

         3

 不思議な出会いから一週間を過ぎた朝、いつも通り新聞を手に取った。そしてまず最初に習慣となった「おくやみ欄」を見る。すると彼女の名前が載っていた。思わず「アッ」と声をあげた。

 

         4

 告別式の喪主あいさつで、彼女が病に侵され、あの日は、たまたま気分が良いからと無理に家に帰りたいと言って病院を出てきたと聞かされた。さらにその車中で、懐かしい人と出会い、最後に貴重な時間を過ごしたとも言われたと、あいさつの中で触れていた。棺を見送ると、自然に足を駅に向けさせた。あの時、“今世の”に少し引っかかりを覚えていたが、いまになりその意味がわかったように思えた。出たばかりの電車が、家久方面へ小さくなっていく。

 “君は逝く 見送る先の 駅明かり”

 駅はよく、出会いと別れの場にもなる。上り下りに別れ、終着駅と始発駅となる。すれ違いがドラマを生み出し、鑑賞に浸れる。静寂が、穏やかな時をすごさせてくれる。

 ただ時が過ぎ、電車がくる。上りの電車二本を見送り、駅を離れた。

 

北府駅でのイベント

              秋山 クィナ(武生東小学校四年)

 

 9月3日、すごく暑かった日、北府駅のイベントがあった。わたし達東小学校金管バンドも参加し、えんそうした。わたしにとって初めてのステージが北府駅だった。夏休み中がんばって練習したので、自信があったけどお客さんがいっぱいで、すこしきんちょうした。お父さんも来た。お母さんも来た。近所のおじさんも来てくれた。みんなでわたし達をおうえんしてくれた。ちょっとスターになったような気分だった。来年またがんばるから、待っていてね、北府駅。

 

おばあちゃんちへいった

              はたけなかあきたか(武生東小学校一年)

 

 おばあちゃんちへはきたごえきからでん車にのっていきます。フクラムがくるとうれしいです。フクラムは、きれいです。がたがたしなくてのりごこちがいいです。むかしのでん車はがたがたです。いまもそのでん車があります。

またフクラムにのっておばあちゃんちへいきたいです。

 

えいが

              上田 はな(武生東小学校一年)

 

 わたしは、きょうとうちゃんとえいがを見にいく。えいがかんには、でんしゃにのっていきます。ふくらむにのれるちょっとうれしくなります。えいがを見ておひるごはんをたべておみせでかいものすると、たのしいけど、つかれます。かえりは、フクラムで、とうちゃんとねながらかえります。

 

お姉ちゃんたちをたすける北府駅

              魚谷 篤寛(武生東小学校三年)

 

 学校の行き帰りに、かならず見かける北府駅。ふみきりの音を聞いて駅を見ると、昔からの電車が朝も夕方もがんばって走っている。ぼくのお姉ちゃんはその電車に乗って、毎日学校に通っている。朝早くても部活でおそくなっても、ぼくの家から近いのでおくりむかえもとてもべんりだ。雨や雪もふっても北府駅の中に入れるからとてもたすかっているんだって。お姉ちゃんたちをたすけてくれてありがとう。これからもきれいな北府駅でいてね。

 

北府駅古い歴史ありがとう

             小形 あゆみ(武生東小学校五年)

 

 毎日必ず電車は、はしり続ける新しくなっても電車は愛され続けている。建物は変っても歴史は残る。昔の出来事、昔のきっぷ、時計など昔の物をずっとみていてもあきない。電車に興味がなかった私にも少しずつみるたびに電車に興味をもち始めることができた。それも北府駅のおかげ。電車でどこかに行くときは運転席がみたくなるようになったのも歴史コーナーのおかげです。北府駅が近くにあるのも、とっても便利でくつろぎやすい所にどんどん近ずいてきていつかみると電車来ないかなぁって思うようになってきた。本当・・・・にありがとう。

 

ユニバーサル・スタジオのキャラ電車

             前田 蓮月(神明小学校四年)

 

 わたしは、電車になんども乗ったことがあります。わたしが紹介する電車は、ユニバーサル・スタジオジャパンです。この電車は、ユニバーサル・スタジオジャパンげん定の電車です。わたしはこの電車を気に入っています。どうしてかというと、電車の外側に、キャラクターが書いてあることと、次に来る電車が前の電車とちがうキャラクターが書いてあるからです。わたしはこの電車に乗る時に、とてもワクワクした気持ちになります。

 ここで電車についてのはいくを作りました。

 電車は 朝からばんまで 働くよ

というはいくです。どうしてかというと、わたしたちは乗っているだけですが、電車はずっとみんなを運ぶお仕事をしているからです。わたしは電車にとても感しゃしています。

 

車窓からの景色

             山田 心春(神明小学校四年)

 

 わたしは、たまに電車に乗ります。わたしは電車に乗るとき、心がわくわくして、気持ちくなります。ある日、電車に乗りました。その日も、とても心わくわくして、楽しかったです。その時、まどガラスをのぞいてみると、とてもきれいな景色が広がっていて見とれてしまいました。その景色は、おだやかな緑、そして鳥たちがとんでいました。それを見たしゅんかん、ふつうに電車に乗っていたよりも、心がわくわくして、楽しくなりました。外の景色を見た時から、わたしが電車に乗る時はぜったいまどガラスをのぞきます。季節ごとに景色が変わるので、楽しみがまた、一つふえました。これからも、がんばってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

散文部門   選評      笠嶋 賢一郎

北府駅を愛する会賞

驛舎          桂 文弱 (越前市)

 出だしの「路面電車の全面に取り付けられた網」に興味を引き付けて、福鉄で長期入院の祖父と祖母を見舞いに行った思い出から始まり、最近では会社の通勤に利用しているが、ある日土曜出勤し帰りの電車の中で思いもよらない体験をする。西武生の駅(現在の北府駅)で乗ってきた老婆に声を掛けられたのだ。その老婆は祖父の見舞いに電車で通う祖母をよく知っているらしい。その時武生方面から来た電車を見て驚く。車両の前に救助網が取り付けられていたのだ。気がつくと私が乗っている電車や周りの景色も20数年前祖母が祖父を見舞いに通っていた頃のものである。まさにタイムスリップしたかのようである。その日は祖父の命日だ。夢幻の如くに、作者の思い出を乗せて、電車は祖父が建てた西武生の駅舎へと滑りこんだ。起承転結のストーリーの流れはお見事で、余韻を残す終わり方は洒落ています。

 

優秀賞

サクラ舞う        曽根 將光(越前市)

 福鉄の一日乗車券で、福井県内の桜を見て回るというしゃれた散策です。私もこの文章に沿って桜の名所を思い出しながら周遊することが出来ました。文体もこなれていて、行く先々での桜が心を和ませる様子が軽やかに描写されています。

 

秀作賞

エンカレッジ       中川 桂太 (武生工業高校二年)

 作者は鉄道ファンで北府駅を撮っている。いわゆる「撮り鉄」だ。電車は文句を言わず年中無休で働いている。作者は学校で辛いことや嫌なことがあって、もう行きたくないなと思ったら、北府駅に来ている。そこで見る電車の姿にエンカレッジされるという。電車に対する愛着が素直に述べられていて良い短文です。

 

秀作賞

ショートストーリー    山岸文雄(越前市)

 新幹線の繋ぎで福井からJRで帰る予定を変更して福鉄に乗車した私は、学生時代に付き合っていた女性に遭遇し、彼女との別れとなった理由を訊かれ、当時を思い出しその気持ちを伝える。不可抗力で会えなかったという答えに彼女は半ば諦めにも似た気持ちで納得するが、それが最後の逢瀬となる。甘酸っぱい青春の痛みはだれにもあり、終わった恋は戻すことが出来ない。それを分かりながらもクールな応対は作者特有のもので、読み手をもどかしくさせる、ドラマティックなエンディングであり、心理状況をもう少し掘り下げると良い小品に昇華させられるのでは。

 

秀作賞

あ北府駅のイベント    秋山 クイナ(武生東小学校四年)

 北府駅のイベントに秋山さんは、東小学校金管バンドの一員として参加した。その時の気持ちが素直に表現されています。絵も上手く書かれていて、その時の雰囲気が臨場感溢れてうまく伝わってきます。

 

詩部門  選評       千葉 晃弘

 

福井県詩人懇話会賞

プラットホーム           上坂千枝美 (越前市)

青春の岐路が、久しぶりに帰ってきた懐かしい武生の町と北府駅のプラットホームで、些細な心の動きでドラマチックに描かれる。帰りのプラットホームで彼が立てた傘が左に倒れるか、反対に倒れるかで運命が変わるのか。何も知らないでいた高校時代、昭和が終わる年であることも。

 

優秀賞

雪と北府駅             渕田 静江 (福井市)

 雪が降る駅の風景の描写が北府駅にぴったりだ。次に描かれるギャラリーのガラスケースの中の昔活躍した道具たちの会話は、これらを使って働いていた人の声が聞こえるようで、今は亡き人たちも喜んでいることだろう。

 

秀作賞

習慣                大塚 響花 (武生商業高校一年)

 若い妊婦と駅ですれ違う。その時の作者の微妙な心の惑いが書かれている珍しい作品です。それは、将来の作者の姿でも有るからでしょうか。「席が空いているなら譲ろう 転倒しないように少しだけ見守ろう 5分間の心配が杞憂におわればいい」など。詩のタイトルもユニークです。

 

秀作賞

1本見送った            中川 桂太 (武生工業高校二年)

 北府駅や福武線を知り尽くした作者だから、春夏秋冬の5節のフレーズが自然と生まれたのでしょう。「1本見送った」というのも電車の好きな中川さんでなければ出ない言葉です。端々に垣間見えるユーモアも捨てがたいものです。

 

秀作賞

ライフワーク            小川 洸 (福井南高校二年)

レールの上しか走れない、愚直に走る電車の姿を自分の生き方と照らし合わせている。「僕はそんな人たちの 笑顔をみるのが大好きだ」僕は福井で一生を終えるためにただ走るんだ には、電車に寄せた作者の郷土への愛と覚悟が見えて美しい。

 

短歌部門   選評       青山 雨子

 

福井県詩人懇話会賞      

満月を揺れる車体で見てる君月がきれいと君だけに言う

 加藤 周 (武生商業高校二年)

 電車の窓から月が見えたら満月だった。という幸運は、一年のうちでもあまりないことでしょう。電車の中にどれほど乗客がいるのか、この歌には詠まれていません。けれど読み進めて行くあいだに、話声や物音がしだいに遠ざかっていくのを感じました。

 見ている「君」と、月がきれいだねと声をかける「僕」の、ふたりだけがその場所にあるようでした。電車と月、そこにいるふたりだけ。他のものはその場所からすべて消え去っているようでした。

 

優秀賞   

肩にのる君の寝顔を見るだけでやわらかくなるアイスクリーム

渡邊 裕佳 (武生商業高校一年)

 この作品の「アイスクリーム」の言葉の下方に、小さく(自分のほほ)と書かれてありました。それで、肩にのる君の・・・・・・・・アイスクリーム。まだ詠んだあとで、ジブンのホホ、と一瞬頭をよぎりましたが、アイスクリームと頬が、「やわらかくなる」という言葉を受け、何だか、互いに影響し変化していくように思えて私は面白かったのです。

 

秀作賞   

温かくハグするごとく座布団を椅子に乗せたり武生新駅

              竹原 千家夫 (鯖江市)

 駅の待合室の椅子に、手作り風の小さな座布団が置いてあるのを時々見ます。「置いてある」と書けば、座布団は空(から)の椅子の上にあるということになります。

この歌に詠まれている風景は、椅子が空には違いないのですが、それを眺めている人が存在します。「乗せてある」座布団は、その座布団を持って駅に人が現れたことをまず歌のなかで私は感じ、(その人が去って、)座布団だけになった後、座布団が、独自の生命を得て生まれ変わっていくのをすばらしく私に想像させました。

 

秀作賞  

笑い声きいてるだけでふわふわとハートがうかぶ電車たち

竹腰 鈴夏 (武生東小学校六年)

 ふわふわと、とは、ああ電車が揺れているんだ、と思いました。笑い声は、電車のお腹の中から聞こえてくるのですね。電車は揺れるからハートが次々と内側から生れてきて、空に放たれていくのですね。

 ふわふわとしたハートという言葉が、女の子たちが集まるとなんでもないのに急に笑い出すことがある、そんなときの笑顔を思い出した。

 

俳句部門  講評     和田 てる子

 

福井新聞社賞

北府駅 空に花ふけば 春の宮

角所 ほのか(武生東小学校 四年)

 ついに北府駅は「春の宮」として讃えられました。木造のセピア色のほっこりとした駅に桜の花びらが舞っている。そのたたずまいに、神々しささえ感じた作者。素晴らしい発見でした。

 

優秀賞

古きよき 町のげんかん 北府駅

         石坂  仁 (武生東小学校四年

 「古きよき町」で歴史を誇る越前市のことがわかります。今では大きな駐車場も整備された「北府駅」は、みんなに親しまれ、まさに「越前市」というお家の「げんかん」ですね。うまいっ!

 

秀作賞

乗ればほら さくらちりゆく まどの外

         山下 藍里 (神明小学校四年)

 電車の窓から、さくらふぶきが見えている。誰もが作りそうな句ですが、「ほら」と語りかけているのが、「おてがら」でしたよ。美しい景色をお友達にも見せたいという藍里さんのやさしい気持ちが伝わってきます。

 

秀作賞

無人でも 頭に桜 乗せてます

 熊野 悟 (福井南高校一年) 

見たままの表現ですが、なぜなのでしょうか、ひっそりとたたずむ「北府駅」の様子が深く心にしみてきます。無人駅でありながら、その存在感を桜がより際立たせているのでしょう。俳句は「ひねる」といいますが、この句のように見たままの素直な表現も、ときに成功しますね。これからも頑張って沢山作ってください。

 

秀作賞    

念願の 電車通学 桜咲く

水上 潤子 (越前市)

 確かに電車通学は憧れでしたね。電車の中には「友情」や「ロマン」があふれているのでしょう。折からの桜も舞い散り、まさにわくわくのステージは整いました。夢あふれる学生生活の門出です。すばらしい未来に乾杯!

 

川柳部門  講評     墨崎 洋介

 川柳部門には高校生665句、一般71、計736句が集まりました。正直言って高校生の作品を川柳、俳句に区分することはあまり意味がないように思います。川柳は柄井川柳という人名が文学の呼称になっており、狂句と言われた時代のイメージがあるため、名称変更の動きがあった時がありました。曰く「柳詩」「草詩」とか。しかし結局川柳のまま続いています。高校生の皆さんは五七五の短詩を作るつもりで臨んでいただければと思います。

 

フクラム賞

北府駅君おくり出す私とさくら

            橋本 結生(武生商業高校一年)

 毎年くり返される旅立ちと別れ、駅にはその離合集散の歴史が詰まっているのでしょうね。その生き証人と言ってよいのが駅舎を見守っている桜の古木なのでしょう。歴史の一点に過ぎない私という存在を悠久の桜の古木と並立させたところが趣き深い句にしました。「私とさくら」の心地よい韻律、そして下六の字余りがむしろこの句に格調を与える作用をしています。

 

優秀賞   

常備薬乗せてガタゴト夫婦旅

            舘  悦子 (越前市)

 ほほえましさの中に老夫婦の現実も浮かび上がってきます。めお(・・)と(・)がそれぞれ自分の病状、もしくは体調に合わせた薬をそれぞれ携行しているのですね。夫婦そろって

無理しない鈍行の旅を楽しむさまが、十七音字に過不足なく納められています。

 

秀作賞

大雪で恋も電車も行き止まり

            竹澤 亜南(武生商業高校一年)

 平成三十年豪雪はわが福井県は全国ニュースの主役になりました。困難と苦しみの中に人々が助け合う美談も多く生まれました。そんなニュースのなかで埋もれそうになったのが小さな恋の行く末です。雪と共に消え去った恋もあるでしょう。雪をかきわけかきわけ発進した電車のようなたくましい恋もあったことでしょう。

 

秀作賞

青春の蹉跌北府はほろ苦い

            巽  俊一(鯖江市)

 石川達三の小説「青春の蹉跌」を青春時代に呼んだ作者なのでしょう。身の丈に会わない野望に破滅する若者の話です。「蹉跌」というのはつまずくこと、失敗すること。青春の孤独、焦燥は誰もが経験することで、社会生活の中でうまく折り合いをつけ、どうにか社会の一員となるのが大方の大人としての生き方でしょう。その心の戦いを運んでくれたのが毎日の通勤の電車というのです。うまく川柳にまとめた作者の手柄を買いました。

 

 

 

 (選考委員)         北府駅から始まる 2018                          

 墨 崎  洋 介              《愛の物語・愛の詩》作品集no3

 和 田 てる子          平成三十年四月八日発行

 笠 嶋 賢一郎          編集・発行 北府駅を愛する会

 青 山 雨 子          発行者   奥 田 忠 嗣

 千 葉 晃 弘          事務所 越前市国府二―一二―七

 奥 出 美代子              電話 0778-24-2048

 

第7回 「ふくぶせんフェスタin北府駅」開催

福鉄ミニ電車の無料運行や飲食・縁日コーナーなど企画が満載。
ぜひ、家族でお越しください。

会場:福井鉄道福武線「北府駅」駅前広場・P&R駐車場
日時:10/9(月・祝)
時間:M10:30〜PM3:00
入場無料
※雨天決行、荒天中止

問い合わせ先:越前市福武線を応援する連絡協議会事務局
       0778・22・3704 

 

  

☆彡 お知らせ ☆彡

この度北府駅の老朽化に伴いまして、地元の意見を踏まえ今の面影を残したまま改修される北府駅整備を11月中旬以降に着工、来年3月下旬に完成する予定でございます。

ご迷惑をお掛けしますが、今後とも北府駅をどうぞよろしくお願い致します。

 

                         

        

 

 ☆彡お天気の日、花苗を植えました

 
 
 9月7日午後3時より東小の子供たちが北府駅で花苗をプランターへ
 
植栽をしました。
 
子供たち 16名  先生 2名 福井鉄道の方 4名  当会 6人
 
が参加しました。
 
是非 皆様 花と駅舎と電車を見に来て下さい。

 

 

 

 

☆雨の中、イベント開催しました

     9月5日(月) 19時〜20時

        内容  ・書道パフォーマンス

女子のお子さん4人と先生が音楽に合わせながら体全体を使って字を

書き上げる「軌道」の字ができました。
電車などの軌条車両を走らせるための構造物からなる道、そして
物事がうまくはかどってゆく・・などの意味が。
凛々しく、大筆を運びました。


 

 

 

          ・仁愛大学 和太鼓 ” 仁 ”

 

仁愛大学の和太鼓の演奏でした。
キリリと身の引き締まった演奏です。


「良かった・・・上手かった・・」「見に来て良かったぁ〜・・・!」
とたくさんの方から聞かれました。


 

 

 

 ☆彡北府駅の5イベント大盛況でした 

      8月5日(金)夕方でした。

北府駅前広場でたくさんの方にお越しいただいきました。

   内容  バンド演奏 マックスベンチャ〜ズ

       ギター弾き語り 幸せを運ぶおくちゃん

       フラダンス ティアレレイプア

       ビアガーデンも開催しましたよ。

      どうもありがとうございました。

 

 

 

北府駅の写真を募集」しました所70点程の応募がありました。

 どうもありがとうございました。

      ☆発表は8月5日に表彰式がありました。

 写真は北府駅に展示いたしております。
   

☆彡 決定しました ☆彡

 最優秀賞 
越前市 西籐 浩一様

優秀賞 
越前市 松村 雅彦様
越前町 吉田 正博様
越前市 水上 康男様

 

 

 

 北府駅を愛する会主催の第2回のイベントが7月5日夕方ありました。

内容は吟舞・詩吟・ヨサコイ等でたくさんの方に楽しんで頂きました。

また、当場所に於いて飲み物やお弁当が売られました。
  

次回は8/5(金)ビアガーデンらしいですよ。

 

 

   所在地     福井県越前市北府2丁目 

   所属事業者   福井鉄道

   所属路線    1924年(大正13年)     

  

 リフレッシュしました

 以前は西武生駅駅と言われていました

 ? 6/5 北府駅で初めてイベントが開催されました。フらを皆さんが参加して踊りました。

 

日曜の夕方に楽しいイベントがありました。フラダンスを皆さんが参加して踊っています。他に篠笛演奏もありました。 

 

平成23年6月5日初めてのイベントが無事終わりました。ほんのしばらくでしたがたくさんの人に楽しんで頂きました。どうもご参加ありがとうございました。またよろしくね!

 

 

 

 

 

 

 平成22年9月会発足

 

名鉄モ770形電車

 

 

 

 

 

「お早うございます!」おばさんが掃除をされていました。

 

 

駅近く走る車両は青線の200形標準塗装車.

 

 

名鉄モ800形電車

 

 

福井鉄道200形電車

 

 

 

 

近くの親子さんが駅へ散歩に来られました。

 

 

 こちらはお孫さんと電車を見に来られました

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ある朝の北府駅  見てね!

 

 

 

 ☆ 北府駅を愛する会  

 会のお問い合わせ先 

〒915-0076 福井県越前市国府2丁目12-7

      北府駅を愛する会 事務局 永谷隆さん

 TEL 0778-24-2048  携帯 090-3767-2968

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                         

        

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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